医師 前田 浩利


tambo
松戸の道々を彩っていた桜も花が散って、名残惜しげに所々にうす桃色を残しながら、黄緑の葉で覆われるようになってきました。 春の主役だった桜の木も、主役から退き他の木々との区別がつかなくなってしまうこの季節、緑は日々その鮮やかさを増し、風も心地よく爽やかで、1年を通して、最も往診が気持ちの良い季節です。

この季節になると、思い出す患者さんとの出会いがあります。 その患者さんはみずちゃん、7歳の女の子で、脳幹部神経膠腫という現代医学でも、未だ治療法が無く、助かった例の報告が無い病気の子でした。 2年前の夏、私が以前勤務していた茨城の病院の小児科の部長の先生から、「某大学病院から、そこが嫌でこちらで診てもらえないかという脳腫瘍の子が来ているんだ。 在宅の方が良いと思うんだが、先生診てくれないかな。」 という連絡をもらいました。 住所は、千葉県寄りではあるものの茨城県内、少し、遠いかなとは思いましたが、尊敬する元上司の依頼なので、何とかやってみようと引き受けることにしました。そうして、始めたみずちゃんの在宅診療でしたが、遠距離になるため、通常の往診コースに組み込むのが難しく、土日などを利用して、私が一人で往診に行くことも珍しくありませんでした。 でも、この春から夏に向かう季節に、最近開発された田園の住宅地にあるみずちゃんのお宅に、一人で往診に行くのは、私の密かな楽しみでした。 昨年の梅雨の前の爽やかに晴れたある日曜日、みずちゃんのお宅にいつものように一人で出かけました。丁度、稲が伸び、稲田が一面緑の絨毯を敷いたようになっていて、車の窓を全開にして、爽やかな風を顔に受けながら、車を走らせました。 この日は、とりわけ気持ちの良い日でした。

そうしてたどり着いたみずちゃんのお宅も、稲田に囲まれていて、いつもみずちゃんが寝ている居間の窓からも、すぐそこに緑の稲が見えます。 お母さんも、ゆったりとしてにこにこされています。 みずちゃんは意識が無く、鼻からチューブを入れて栄養を入れています。 一通り診察を終えた後、私もみずちゃんの横に座り込み、しばらくお母さんといろいろとお話をします。 「今日は、いい天気ですね。この部屋は、すぐそこに田んぼが見えて、本当に気持ちいいですね。」 と言う私に、お母さんは「先生、この部屋から見ていると緑の風が走るんですよ。 ほら、」 とお母さんに言われた方向に目を向けると、風が吹いて、稲が同じ方向に倒れ、一面緑の稲田に何筋も美しい風の通り道ができていきます。 「本当に緑の風が走りますね」と私。 すやすやと穏やかに眠るように過ごしているみずちゃん、お母さんの笑顔、ゆっくりと穏やかに流れる時間に身を置き、私はしばし幸せな気分になっていました。 この時、特に心に残ったのは、初めてお会いした時とは別人のようなお母さんの様子でした。

当院では、 往診を開始する前にご家族に診療所に来ていただき、 これまでの経過やご希望などをお聞きし、当院の往診のシステムについて詳しくご説明するようにしています。 みずちゃんの往診を始める前も、お父さんとお母さんがご一緒に診療所にいらっしゃいました。 最愛の一人娘が、治療法もない病で、死を待つのみであるという状況の中では当然と思われますが、お二人とも険しく暗い面持ちでした。 お二人のお話は、入院していた大学病院で体験した様々なつらい想い、満たされない想いに至りました。 医師と患者さんとのコミュニケーションの難しさ、お二人のお話をお聞きしながら、そのことを感じました。 主治医の治療方針や判断は、医学的には妥当だと思われましたが、本当にお父さん、お母さんが望まれているのは、単なる医学的に正しい対応ということだけでは無いように思いました。 今、まさに我が子を失おうとされている方々への心からの共感と、わが子に何もしてやれないもどかしさ、罪悪感を受けとめ、ご両親にケアの主導権を持っていただくこと、在宅医療では、これが可能になると思いました。 このことも、遠距離でしたが、みずちゃんを引き受けようと思った理由でした。

みずちゃんのお宅を辞し、 道路まで出て見送ってくださるお母さんの姿をルームミラーに見ながらの帰り道、そのお母さんの姿が見えなくなった後、私は溢れる涙を抑えることができませんでした。 あと何ヶ月生きることができるかわからないみずちゃんと過ごせたひとときの時間のかけがえのなさと、限りがあることを十分わかっていながら、我が子と過ごせる今のこの時をいとおしむように大切に過ごしておられるお母さんの姿に、何とも言えない気持ちになっていました。 「このような病気は切ない、別れも切ない。でも、人間って本当にすごい、そして家で家族と一緒に過ごすってすごい。」 そういう想いが湧いてきました。こんな時、私は、本当にこの医師という仕事をしていて良かった、と思います。 人間のこんな強さと優しさを見せてもらえるのですから。

みずちゃんは、それから6ヶ月以上頑張って、紹介してくれた部長の先生の病院で亡くなりました。 亡くなった後、ご挨拶に来られたお父さんとお母さんは、涙と共に「もうやれることはやりましたから」と穏やかな笑顔を浮かべておられました。

今年も又、みずちゃんのお宅の周りの稲田では、きっと爽やかな緑の風が走るのでしょう。 あの緑の風の美しさと、あのひとときのかけがえのない出会いは、今も忘れることのできない想い出を私の中に刻んでいます。