医師 前田 浩利


松戸は知る人ぞ知る桜の名所、特に桜並木の多い街です。

日本の道百選にも選ばれた常盤平の桜並木は有名です。片側一車線の細い道で、少し洒落たお店が並ぶ風情のある道ですが、桜のシーズンはすごい混みようで、とても往診に向かう道には使えません。でも、本当に短い桜の見頃の時期ですので、往診に向かう最中にも少しでも桜を楽しみたい私は、少し遠回りをしても桜並木を通りたいと思ってしまいます。そういう時によく通るのが、松飛台の桜並木です。個人的には、日本の道百選に選ばれた常磐平の桜通りよりこちらの方が好きです。道が広くて、桜も少し枝振りが大きく、何より桜のシーズンでも提灯がかかっていないのが、気に入っています。

sakura2 あおぞら診療所を開設して、最初の桜のシーズンに初めてその道を通った時のことは忘れられません。素晴らしく天気の良い日で、まるで淡いピンクの雲の中を走っているようで、あまりに現実離れした美しさに息を呑んだのを覚えています。

もう一つ、桜の時期は、家に引きこもりになりがちな在宅診療を受けている患者さん達を外に連れ出す絶好の機会です。普段は、いろいろ誘っても、外に出たがらないような方も、桜見物を口実にするとすんなり外に出てくれます。私たち日本人にとって、やはり桜は特別な花なのでしょう。

桜の花見というと忘れられない患者さんとの思い出があります。

私が、初めて患者さんと一緒に桜の花見をしたのが、今も往診に行っているイクちゃんという当時2歳の女の子でした。その子は、人工呼吸器が必要な子でしたが、その当時は、人工呼吸器をつけた小児を自宅に帰すというだけで大変なことで、一例だけでも学会発表ができるくらいでした。彼女はお母さんに付き添ってもらって入院しながらその準備をしていました。まだ肌寒さが残る中、川沿いの桜並木を受け持ちの看護師さんとお母さんとでそぞろに歩きました。「早く帰れるといいね。」などと話しながら。そのイクちゃんも今は11歳、身長も伸び、かわいい女の子になり、今も人工呼吸器がついていますが、元気で、自宅で過ごしています。

又、別の患者さんのこと。その子のお宅は、冒頭でお話しした常磐平の桜並木のはずれにあります。その子も人工呼吸器をつけていたのですが、ある春の日の深夜、具合が悪くなったとお母さんから連絡があり、お宅に向かいました。電話での様子では、けっこう具合が悪そうで、私が着くまで何事も無いようにと祈るような想いで、人通りの無くなった深夜の桜並木を、車をとばしました。夜の闇に浮かび上がる淡いピンクの桜の花の中を、はやる気持ちを抑え、車を運転したことは、桜の美しさと自分の切羽詰まった気持ちが不思議なコントラストで、強い印象をもって私の中に残っています。その時は、彼女は何事もなく乗り切りましたが、数ヶ月後突然に亡くなりました。お子さんは、この子お一人で、本当に一生懸命介護されていたお母さんは、さぞ落ち込んでおられるだろうとご自宅に伺いました。その時、お母さんが「この子から本当に多くのことを教えてもらいました。この子が生まれてきてくれて、そして、この子とこうやって一緒に家で過ごせて本当に良かったです。」と涙と一緒に笑顔で語られた時、親子の絆の深さ、人間の強さと優しさを見せて頂いたように思いました。

今年も松戸の桜は美しく咲きます。今年の桜には、どんな思い出が重なってゆくのかなと思います。