医師 前田 浩利


 christmas-2もう師走、深く吸い込むと、鼻の奥がツンとなる冷たい空気に思わずコートの襟を立てて歩きたくなるようなこの季節、街々は、心が浮き立つクリスマスソングと華やかな飾り付けで溢れながらも、締め切りが迫っているようなどこか慌ただしい空気に満たされます。あおぞら診療所のある新松戸は閑静な住宅街ですが、クリスマスの時期になると、家々を赤、青、緑のあざやかなクリスマスイルミネーションが飾り、その美しさを競うコンテストも開かれます。最近、特に、それぞれのお宅や、マンションによって、イルミネーションに工夫を凝らしていて、眺めるだけでも楽しく、私は、この時期の夕刻の往診の帰り道の楽しみにしています。

 そして、クリスマスが近づくと、あおぞら診療所の名物、サンタ往診が始まります。医師、看護師、運転をしてくれる事務スタッフが、サンタの衣装や、トナカイ、クリスマスツリー、スノーマンの着ぐるみなど、思い思いの姿をして、職員総出で作った手作りのささやかなクリスマスカード、クリスマスらしいラッピングをした来年のカレンダー、そして、子ども達には、小さなお菓子のパッキングやささやかなプレゼントを持って、往診に伺うのです。この行事は、1999年の開設以来続いています。記憶が定かではないのですが、この企画をやろうと言い出したのは、私のようです。当時は、まだ往診の患者さんが少なく、時間的に余裕があったのと、以前勤めていた小児科病棟では、入院している子ども達のために、この時期のクリスマス企画があったことを思い出し、何か、患者さんに少しでも笑いや驚きを差し上げることができたらと提案したように思います。当時は、看護師さんや運転手もいなかったので、一人で車を運転して往診に行くことが多く、サンタの衣装を着て往診車を運転していると、子ども達が寄ってきたこともよくありました。また、年末のこの時期は、体調を崩される方も多く、結構忙しいので、何度もやめようと思いましたが、毎回、とても喜んで楽しみにしていて下さる患者さんやご家族と、当院のスタッフの熱意に支えられ、毎年恒例のビッグプロジェクトになってしまいました。

 この時期になると思い出す患者さんがいます。60歳後半のとても穏やかで上品な女性の患者さんで、乳癌の手術の後、抗がん剤の治療を受けられたものの、肺や肝臓、脳に転移し、根治的な治療は難しいということで、在宅療養をされることになり、当院に往診の依頼がありました。この方には、4人の娘さんがおられ、比較的通いやすい距離に住んでいらっしゃったということで三女さんと四女さんが交代で、ほとんど付きっきりで介護されていました。初めてお伺いした時、漢方、気功、テルミー温熱療法、イギリスのハーブ療法、アロマテラピー、クリスタルなどのストーン療法など、様々な代替療法を三女さんが、一生懸命勉強され、実施しておられたせいか、ほとんど痛みもなく、病気の進行を考えると、非常に穏やかに過ごされていました。私は、娘さんが勉強された様々な代替療法について、非常に興味深くお話しをお聞きした後、モルヒネとステロイドの使用の可能性についてやんわりとお話しました。やはり、ご家族は、その使用には抵抗がおありになるようでした。本人の状態も落ち着いておられたので、私はそれ以上押すこともせず、その時はお宅を辞しました。そのお宅は、調度品にご家族の歴史を感じる落ち着いた印象で、患者さんのお部屋は玄関を入ってすぐのところでした。様々な治療のためのいくつものアイテムと、まっしろな美しい毛並みの猫が、のんびりとうずくまっているその部屋は、いつ行っても適度な温度と湿度に保たれていて、ご家族の患者さんへの愛情に溢れているようで、私は、この方とご家族が好きになっていました。

往診を開始して、3週間ほど経った頃、短いけいれんの発作が起こるようになってきました。私は、もう一度、ステロイドの必要性、その副作用まで含めて娘さんに丁寧にお話しして、ステロイドを開始しました。もうそろそろ、12月、サンタ往診の頃です。私は、少し病状が不安定になっている時期でもあり、ご家族やご本人のお気持ちに配慮して、「次の往診は、当院の恒例で少しおかしな格好をしてくると思います。驚かないで下さいね。」とお伝えしました。その次の往診、具合はどうだろうか、それどころじゃないお気持ちで、こんな格好でお邪魔したら気分を害されるのではないだろうか、などと思いながら、サンタの衣装に身を包み、トナカイの大きな角をつけたスタッフを従え、お宅にお伺いしました。すると、なんと彼女もサンタのガウンのちゃんちゃんこに、真っ赤な帽子、更に白い髭までつけ、にっこり笑って待っていてくれたのです。おまけに、娘さんまで、トナカイの角を付け、更には、あのまっしろな猫にもサンタの衣装と帽子。これまで、たくさんのお宅をサンタの格好でお伺いしてきましたが、このような出迎えは初めてで、こちらが驚きました。特に猫の衣装がかわいく、診療所のスタッフに見せたいと思い、お願いして写真を撮らせていただいたほどでした。そして、猫に衣装を着せるのがどれだけ大変だったかの苦労話を笑いながらお聞きし、ご本人の明るい笑顔に見送られ、その日のサンタ往診は無事に終了しました。それから、2ヶ月、彼女の容態は徐々に悪化していきました。しかし、娘さんの懸命な代替療法のためか、強い痛みは無く、麻薬も使わずに済んでいました。そして、ある日、長いけいれんが起こっているとの連絡を受け、急いで駆けつけると彼女は既に意識が無く、血圧も急速に下がっていました。「このままでは、あと1時間も保たない。」とお話ししたところ、ご家族は、「子どもが全員集まるまで何とかして欲しい」と言われました。私は、正直、難しいかと思いながら、「わかりました。できるだけのことはします。」と答え、いくつかの薬剤を使いました。すると、彼女は、娘さん達の想いに応えるように、脈がしっかりしはじめたのです。そして、最後の娘さんが、たどりついた直後、本当にそれを待っていたかのように、穏やかに息を引き取られました。医師としての見立てとは予想外の経過に、私は、ご家族とこの方との絆、いたわり合う合う心の強さを思いました。

今年も恒例のサンタの往診、この時期になると、いのちの時間が限られたぎりぎりの状況でも、あのように温かくユーモラスに迎えてくださった方々のことが、出会いへの有り難さと切なさと共に心に蘇ります。