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Most Impressive Case Report 2025.4 研修医A

Most Impressive Case Report 2025.4 研修医A

【本症例を選んだ理由】

ご家族がイレウスを疑う症状(板状硬)に対して救急要請をされずにご家族自身で対応されたというお話とそれに対する先生の「頑張られましたね」「次は一緒に考えましょう」という声掛けが印象に残った

重症心身障害児の栄養管理に関して興味があった

【症例】23歳男性 脳性麻痺で寝たきり
【現病歴】
 重症新生児仮死(在胎27週,出生体重964g)で出生。真菌感染から脳出血を呈し脳室周囲白質軟化症(PVL)を併発。脳性麻痺となった。胃食道逆流、肺炎を繰り返し頻回に入院。2歳8か月で単純気管切開術施行され、10歳時に当院紹介され訪問診療開始した。
【訪問診療導入後経過】
12歳5か月 喉頭気管分離術、腹腔鏡下胃瘻造設術
13歳10か月 呑気と頻回嘔吐あり、噴門形成術追加
16歳    気切部の出血あったが自然止血、吸入で経過観察
17歳    サブイレウス繰り返していたが、精査の結果胃腸運動機能不全を背景としたイレウス症状と診断(癒着の精査のためには開腹が必要)
21歳    麻痺性イレウスで入院 点滴加療頻回となりCVポート増設(未使用)
23歳(現在) 板状硬でイレウスが疑われたが救急要請せず母が対応
【既往歴】停留精巣術後、股関節脱臼・大腿骨骨折術後
【家庭環境】
母:ほぼ一人でケア
父:夜間勤務
【医療資源/移行期支援】
・かかりつけ:
 A病院 小児科→脳神経内科・外科
 B病院 整形外科・耳鼻科
 C病院 小児科
・ST:D訪問看護ST、E訪問看護ST(リハビリ)
・通所:週5回
【デバイス】気切カニューレ、胃瘻、CVポート(未使用)

【現在の問題点】

【考察】神経障害患者の栄養管理について

 神経障害(Neurological impairment: NI)患者では摂食困難があり、低栄養、発育不全、微量栄養素欠乏、骨粗鬆症、および栄養合併症を伴うことがある。また、胃食道逆流症、便秘、嚥下障害などの消化器系の問題もこの集団で多く見られ、生活の質と栄養状態に影響する。一方で車椅子を使用するNI児および青年のエネルギー必要量は、健常児、または歩行可能なNI児(GMFCSレベルI~II)と比べて大幅に低い。加えて成人のNI患者は一般人口に比べて、脳卒中、慢性閉塞性肺疾患、その他の心臓疾患などの非感染性疾患による罹患率および死亡率のリスクが高いことを踏まえると、その原因として内臓脂肪レベルが高い体組成、心肺持久力・筋力・習慣的な身体活動レベルが低いこと、通常発達している同年代の人に比べて座位行動レベルが高いこと、睡眠障害など様々なものが挙げられるものの、適切な栄養評価および過不足ない栄養管理が必要となる。

①栄養評価について
 欧州小児消化器病・肝臓病・栄養学会(ESPGHAN)のガイドラインでは、以下を栄養不良のサインおよび栄養評価の方法として推奨している:

 <栄養不良のサイン>
  ⚠栄養不良の身体的徴候(褥瘡、皮膚障害、末梢循環不全など)
  ⚠年齢に対する体重のzスコア < -2SD
  ⚠上腕三頭筋皮下脂肪厚が年齢・性別による基準値の10%未満
  ⚠上腕中間部の脂肪ないし筋肉面積は10%未満
  ⚠体重の減少及び発育不全

 <栄養評価の方法>
  ✓BMIは高脂肪・低筋肉量でも低値となりうるためその他指標も参照
  ✓身長(測定困難な場合は膝高(KH)・脛骨長で代替)、体重、上腕三頭筋部
   皮下脂肪厚(TSF)、上腕周囲長(AC)を6か月ごとに評価
   (乳児では1〜3か月ごと、基準値は5歳まではWHO、以降各国の基準を参照)
  ✓全身二重エネルギーX線吸収測定(DXA)により体組成を最も正確に
   推定でき骨密度測定にも腰椎ないし股関節のDXAが有用
  ✓微量元素(Ca, Cu, Fe, Zn, Vit B12/C/D/E, Se, カルニチン, 葉酸)の
   年一回の測定

②栄養管理について
  ESPGHANのガイドラインでは、基本的に健常児の食事摂取基準を参照することとし以下を栄養管理の方法として推奨している:

 <栄養管理の方法>
  ✓エネルギー消費量は一般に使用されるSchofieldの式で基礎エネルギー消費量
   (BEE)を推定しAndrewらによる式で安静時エネルギー消費量(REE)を計算
  ✓褥瘡やカロリー制限がある場合にはタンパク質の補助食品を検討
  ✓口渇を訴えられない、分泌過多、嚥下障害で脱水のリスクが高く注意が必要
  ✓カロリー制限がある場合微量栄養素が不足するリスクがあるため補充を検討

ただし、筋緊張が強い患者ではREEの2.1〜5.8倍のエネルギーを消費するという報告もあり、その他のエネルギー消費量の推定方法としては以下の方法が使用・検討されている:

 ・間接熱量測定法 呼吸代謝モニターを用いて酸素/二酸化炭素消費量を測定
 ・体組成分析を用いた推定法 InBodyなどで除脂肪体重を測定し計算

◯本症例の栄養について

 <栄養評価と必要量>
  身長 155.5cm(KH 39.0cm)、体重 34-35kgで推移、AC 25.1cm、TSF 0.5-0.6cm
  筋緊張が非常に強い、褥瘡など皮膚トラブルはなし
  ✓BMI 14と低体重(23歳男性の基準値は身長 171.6cm、体重 72.7kg)
  ✓18〜24歳のAC 26.96cm、TSF 1.1cmでありTSF<10%(低脂肪)
  □REE=BEE×活動係数={(0.063×34+2.896)x1000/4.186}×1.1≒1300kcal/日
  □タンパク必要量 50g/日
  □直近の微量元素 (半年前) 亜鉛 79µg/dL, 銅 98µg/dL, FER 38.4ng/mL
               カルニチン・ビタミンD・セレン結果未確認
           (1年前) セレン10.3µg/dL

 <現在の栄養> 2022年9月より(当時体重36kg)
  朝  ラコール200ml+水分や黒酢や牛乳150ml
  昼  ラコール200ml+経口でペースト食を1日150ml
  夕  ラコール200ml+お酢など計150ml 牛乳と飲む   
     ヨーグルトや水分も経口摂取
  眠前 テゾン(微量元素含有)など計350ml

  ✓ラコール600kcal/600ml+ペースト150g×4kcalとして1200kcal≒REE
  ✓タンパク質はラコール25g+朝晩牛乳300/100×3.3gとして35gのため
   ペースト食で20g程度必要
  ✓微量元素はラコールが1600kcalで1日分の微量元素のため不足しているが
   定期採血行われ亜鉛など補充されている

本症例では筋緊張が非常に強く、BMI・TSFも低値であるため、実際のREEは計算値より高いことが予想される。体重は最大40㎏程度から6㎏ほど低下しているが、直近では微増傾向にある。筋肉量(AC)は担保されており、褥瘡などもないことも踏まえると、現状カロリーやタンパク質の過不足はないと考えられた。微量元素に関しても亜鉛製剤の内服やテゾンで保たれていた。
 NI児の栄養に関して左記のような様々な指標および推定法が存在しているものの現段階では標準化が困難である。特に本症例のように筋緊張や腹部症状の程度によって増減が大きい症例では、経過に応じて様々な指標を考慮した定期的な栄養の修正が必要であるとともに、介護力も鑑みて調整していく必要があると考えた。

【参考文献】

Romano, C et al. JPGN(2017)
Oftedal, S et al. JHND(2024)
竹本ら, 脳と発達(2022)
鶴久ら, 日本小児外科学会雑誌(2023)
日本人の新身体計測基準値(JARD 2001)
日本人の食事摂取基準(2025年版)
国民健康・栄養調査(2019)

【研修の感想】

 重心児の在宅診療を見たいという気持ちがあり、今回あおぞら診療所での研修の機会をいただきました。1ヶ月間デバイスや栄養、処方の管理など各論的な部分に加え、家族やきょうだいとの関わり方や環境面でのアセスメントなど在宅ならではの視点を教えていただきました。中には治療の選択に際し医療/心理面での葛藤を抱えるご家族もいましたが、背景には子どもを第一に思う気持ちがあることを伺い知ることができました。そして医療は生活のほんの一部に過ぎないことを強く感じました。 
 この先しばらくは病院での研修になりますが、この1か月間で得たものを心に留め、子どもたちが少しでもスムーズに自宅に帰れるようなお手伝いができればと思っています。4月という忙しい中研修の実現に関わってくださった全ての方に感謝いたします。1か月間本当にありがとうございました。