Most Impressive Case Report 2024.11 研修医A
Most Impressive Case Report 2024.11 研修医A
【症例】4歳8ヶ月 男児
【診断】悪性神経膠腫 末期
【現病歴】2024年3月上旬より右足の跛行、右足を使いたがらないなどの症状が出現し、近医で頭蓋内腫瘍を指摘されA病院に紹介入院。頭部MRIで左視床に主座を置く6cm台の腫瘍性病変を認め、3月18日に開頭腫瘍摘出術を実施した。頭側部分の腫瘍摘出を行い、診断の確定及び水頭症の回避を目的とした。病理診断で悪性神経膠腫の確定となり4月4日から5月20日までアバスチン併用下に放射線治療を実施した。治療後GCS E4V5M6、右顔面麻痺、右不全麻痺(上肢の遠位に強い麻痺、下肢は短下肢装具を使用)を認めるが活気は良好で軽介助下の歩行は可能であり5月21日自宅退院。9月13日受診、その週末から頻回の嘔吐が出現し、9月21日に受診。明らかな水頭症や腫瘍の増大は指摘できず、経過中に脳幹部周囲の播種が指摘されていたことから、腫瘍の再燃による嘔吐と考えステロイドを開始。9月24日からアバスチン投与を再開。病状の進行が早く当初ご家族には1年から1年半程度の余命とお伝えしていた。
2024年10月3日当院初回往診。
【出生歴】詳細不明
【身長・体重】17kg (2024年9月) →14.6kg
身長106cm
【既往歴】特記事項なし
【アレルギー】薬物なし、食事なし
【家庭環境】父(会社員)、母(会社員、妊娠中)
妹(保育園通園中 2歳)
【医療資源】かかりつけ医 A病院
ST、リハビリ:Bステーション 通園、通所、デイサービス:C
【栄養】経口摂取+11/6にPICC挿入【医療デバイス】PICC NHF
【薬剤】メイン エルネオパ1号1000ml +デカドロン3.3mg+ガスター10mg 35ml/h
側管 イーケプラ200mg グリセオール200ml
疼痛時 アセリオ200mg オキファスト30mg(PCA 11/11-)
イーケプラドライシロップ50%340ml デカドロン0.5mg6錠 1日2回
コートリル10mg1錠 1日3回 ガスターD錠 1日1回
【本症例における訪問診療の役割について】
・症状の緩和 嘔吐、頭痛症状に対する適切な薬剤の管理と調整
・呼吸管理 呼吸困難や酸素飽和度の低下が見られる場合の管理、呼吸補助が必要な場合には、酸素療法や吸引処置を行う。
・心理的サポート 状況を受け入れきれない家族が抱える不安や恐怖に寄り添い安心して過ごせるように心理的なケアを提供する。
・栄養管理 経口摂取が困難になった際に経管栄養や中心静脈栄養を考慮
【訪問診療導入後経過】
2024年10月3日初回往診
10/4 DEX1mg開始も嘔吐続く
10/7 DEX2mgに増量
10/8.9 嘔吐なく調子よかった
10/10 嘔吐3回あり
10/12 往診でDEX3mgに増量
朝方痙攣 4分程度あり→救急要請後A病院受診 熱性痙攣
前日に37度台の発熱あり痙攣後38度台の発熱、すぐに解熱
採血異常なし→帰宅
10/13.14 遠方に帰省できるほど体調良かった
10/13-16 嘔吐なし
10/17 3回ほど嘔吐あり
10/18 アバスチン実施
10/21 嘔吐回数増加あり 臨時往診 DEX3.3mgに増量
10/22 DEX4mgに増量
その後も朝中心に嘔吐続く
10/31 往診で伺った。傾眠傾向で活気なく摂食後に嘔吐が増えたとのこと
11/1 A病院にてアバスチン投与
11/6 グローションカテーテル挿入
その後、傾眠傾向、意思表示弱く、嚥下障害、排痰不良 顕在化
11/13 酸素化悪くNHF導入(入眠時)日中鼻カヌレ3L SpO2 95%
11/14 呼吸停止 お看取り
【悪性神経膠腫について】
視神経、視交叉から視床下部に発生する浸潤性の脳実質内腫瘍で、小児脳腫瘍の2-5%を占める。過半数が5歳以下に発生し、10歳までの例は毛様細胞性星細胞腫が多い。神経繊維腫1型(NF1)に伴って生じるものもありその場合は視交叉より後方には発生しにくく比較的予後良好な経過をたどるなど、NF1の合併例と非合併例との間には臨床像や予後に差異があることも報告されている。
ただし、乳幼児期の孤発例ではNF1の臨床的診断基準を満たさないながらNF1に伴って生じた腫瘍と同様に良好な予後を示すことがある。
神経症状や所見としては、視力低下や失明、視野欠損など視機能障害で発症することが多いが年少時では視機能障害の発見は遅れやすい。水平性の振子様眼振はこの腫瘍で見られる特徴的な眼振である。
NF1では一側眼窩内の視神経腫瘍によって患側の視機能障害や眼球突出をきたすことがある。内分泌学的異常では低身長など下垂体ホルモンの障害が多いが、尿崩症も発生する。
また視床下部障害により思春期早発症、過度の肥満が発生することがあり乳幼児期にるいそうを呈する間脳症候群はこの腫瘍に特徴的である。
発達遅滞や痙攣を呈することもある。腫瘍によって非交通性の水頭症を合併すれば、頭蓋内圧亢進の症状や所見を呈し、進行すれば意識障害をきたす。
放射線治療は腫瘍制御の観点からは治療効果が高いが視床下部機能障害、二次性悪性腫瘍、脳血管障害、高次機能障害などが発現する危険がありこれらの晩期合併症は一旦発生すれば重篤となるため長期生存が期待出来る症例では薬物療法が優先される。
【本症例を通して】
本症例では、今まで健康に生活してきた児に対し突然に癌末期と診断され急激に衰弱していく息子を受け入れようとする両親の姿が印象に残った。
急激な進行ということもあり受け入れることは簡単なことではないが、現在の本人の苦痛をご家族とともに理解し、共に今後を考え、手と心を尽くすことでご両親との信頼関係を築ける。医療者との時間が多くなるほど、皆が息子のために協力して頑張ってくれていると信頼につながる。
ご両親ともにこの理不尽な状況を受け入れきれていない中で、自宅で医療者の積極的なサポートにより悲しみや怒りの割合は減り、息子のことを支えることができた、一緒にいてあげられたというポジティブな思いを抱く機会が増え達成感や満足感を得て家での最期を受け入れるようになる。そして最期は息子とかけがえのない時間が過ごすことができたと感じ、子供の死という深い悲しみを乗り越えられるはずである。
最期はお家で過ごせて良かったとおっしゃられたそうで、医療者とご家族の信頼が成立っている上で聞ける言葉であり、信頼関係の構築は在宅において必要不可欠なものであると改めて感じた。
また、今後の妹の兄の死に対する向き合い方についても考えた。2歳という一般的な年齢や、にいには寝ているという発言から死の概念について認識しきれていないと考え、早期から家族が妹の疑問について話せる環境を作り、年齢を重ねながら徐々に死について理解をしていくことができれば兄の存在の大切さを知り、感謝することができる良い機会だと考える。
【研修の感想】
父が往診医ということで勉強をさせていただきたいと思い、あおぞら診療所の方で研修をさせて頂きました。
成人の往診との違いを多く見つけることができました。小児は成人とは異なり自身の症状をうまく伝えることができない場合があり家族やこちらのサポートがさらに重要になってきます。こちらもご両親が抱える悩みや不安に対して積極的に考える機会が多いと感じました。
また、病院とは違いより近い距離で医師が患者に寄り添う姿勢を見て、ご家族は安心し充実した時間を過ごせます。患者さん一人一人の家庭環境の違いや価値観の違いがありその人に沿った対応が求められることも難しいと思いました。
1ヶ月間、上野、世田谷の診療所等で診療に参加させていただきました。今までこれほど小児の診療に参加する機会はなかったため先生方の患者に寄り添う姿勢を多く見ることができ、非常に貴重な体験をすることができました。
ご指導いただいた先生方、事務、ドライバーの皆様、約1ヶ月間大変お世話になりました。今後とも何卒よろしくお願いいたします。
【参考文献】
1)医療的ケア児在宅医療マニュアル 前田浩利 戸谷剛 石渡久子著
2)脳腫瘍診療ガイドライン2024 日本脳腫瘍学会