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Most Impressive Case Report 2016.03 研修医B

Most Impressive Case Report 2016.03 研修医B

【症例】 53歳 女性

【診断】 #1 膵癌(膵体尾部癌)

【往診までの経過】
生来健康。2012年夏(50歳時)に人間ドッグで腫瘍マーカーCEAの軽度上昇を認めたが、この時点では膵癌は明らかでなかった。同年11月に近医を受診した際にCEAは100を超え、大学病院を紹介され膵癌と診断された。

2013年2月より、局所進行膵癌に対してGSL療法(自主臨床試験、GEM・S-1・LVを併用)を開始したところ著効し、比較的安定した状態が続き、外来で化学療法を続けた。

2014年11月(52歳時)に肝鎌状靭帯、骨盤播種。

2015年1月にmFOLFIRINOX療法を開始したが、同年10月(53歳時)に骨盤播種が増大し腹水が出現し、GnP療法を開始した。

2016年1月22日、CTで骨盤播種増大、腹水増加を認め、腫瘍マーカーも上昇傾向となった。腎機能が徐々に悪化し、3月1日に受診した際にCre 1.29まで上昇していたため利尿剤を中止し、化学療法も中止した。大学病院緩和ケアチームから当院を紹介され、2016年3月9日訪問診療導入となった。

【生活歴】
<ADL>歩行可  <排泄>自立 (おしりを拭くのが大変)
<食事>経口摂取可能

【日常生活自立度】 寝たきり度:生活自立(J2)

【家族背景】
夫と長男と3人暮らし。長女は結婚しており、近所に住んでいる。日中は自宅で1人で過ごしている。

【医療デバイス】 CVポート、左腎瘻、腹腔ドレーン

【医療資源】
訪問診療、訪問看護、ケアマネージャー、介護保険

【退院時処方】
リパクレオンカプセル、リリカカプセル、リリカカプセル、ネキシウムカプセル、マグラックス錠、ラキソベロン内用液、ラシックス錠、人参養栄湯、レンドルミン

【往診導入後経過】

3/10初診。最後の病院受診(3/1)から腹水貯留と下肢浮腫が増悪した。腎機能障害があり利尿剤は中止されていたが、腹水貯留と浮腫に対し利尿剤を再開した。3/11に無尿の訴えがあり、導尿したが尿の流出なし。血液検査でCre 7.23、K 7.1と急激に腎不全が進行し、急激な経過から腎後性腎不全を疑い、大学病院受診を勧め、同日救急車にて受診した。画像検査の結果、骨盤播種による尿管閉塞が原因であり、入院で腎瘻を造設し、腎機能は改善傾向となった。腹水穿刺カテーテルも挿入され、3/20に退院した。以降、自宅で訪問診療、訪問看護により週2回の腹水排液を施行している。退院後は自尿はないが、腎瘻からの尿の排泄は良好であり、自宅での少量ずつの腹水排液により腹部膨満感は軽減している。3/23に嘔気を自覚し、ノバミンを開始し嘔気は改善した。3/25に腰痛の訴えがあり、3/22に減量していたカロナールを再増量したが改善を認めないため、3/28にオキシコンチン 10mg/dayに増量した。3/26に腎瘻チューブのジョイントが外れ、夫と直した。

【スケジュール】

2016/3/10 初診。
3/28現在で定期往診 5回 臨時往診 2 回 電話 5回

【末期がん患者の在宅医療で生じる問題点】

1)十分な医療を受けられないのではないか?

病院にいれば、ナースコールを押せば看護師がすぐ来てくれ、検査も処置もすぐに受けられるが、在宅では限りがある。もちろん、在宅でも、24時間電話対応や臨時で往診や訪問看護も可能であるが、できる検査に限りがあるため、十分な治療を受けられないのではないかという不安は残ると思う。そういった不安を取り除くために、画像検査がない中で、問診と身体所見で患者の症状が、病院に行けば治療可能なのか判断し、患者に選択肢を提供することが必要である。

 2)さまざまな医療スタッフの介入、連携

在宅導入直後には、患者は腹水貯留による苦しさを訴えており、在宅主治医から大学病院に対し、自宅で腹水排液をするための腹水穿刺カテーテル挿入をお願いしたが「難しい」と断られていた。しかし、在宅主治医からの紹介状を読んだ病院主治医は、患者のQOLを維持のために腹水穿刺カテーテルの必要性を感じてくださったようで、カンファレンスで周囲からの反対を受けながらも、腹水穿刺カテーテルを挿入してくれた。在宅診療側の思いが病院主治医に伝わり、もちろんそれを受け入れ、やってくれる主治医でなければ、患者さんのQOLが改善した状態での退院はなかった。病院主治医、在宅主治医がお互いを尊重し、協力して治療していくといった姿勢が大切である。

また、患者の病気によるつらさというものは、治療だけで対応できるものではない。生活の中で少しずつ自分でできなくなって困ること(排便後おしりが拭けない)などに対しては、生活のコツを訪問看護師がアイディアを教えていたり、ケアを行っていた。患者が在宅を続けていくには、様々な職種の各々の得意分野を使って、協力、連携が必要である。

 3)家族の協力

日中患者さんは自宅で一人で過ごしており、介護者の協力を満足いくまで得られていないようであった。家族の協力が不十分である理由は、家族が悪いわけではなく、家族が患者本人の身体的なつらさを理解できていない可能性が考えられた。そういった場合は、医療スタッフ側から患者の精神的、身体的な問題について家族に伝え、理解していただけるよう努めていく必要がある。

【感想】

普段病院で勤務していると、癌末の患者さんが在宅医療を希望した場合は、もう積極的な治療はできず、症状の増悪は元々の腫瘍によるもので、治すことができるとは思っていなかったし、退院後に病院を受診したら在宅に戻るタイミングを逸してしまうと思っていた。しかし、本症例を経験し、在宅では血液検査の結果もすぐには出ず、画像検査もない中で、問診と診察のみで先生が尿閉の原因に関して、これは治せるものだということ的確に判断され、必要な処置をするためには病院を受診を勧め、その結果患者さんのQOLが上がった状態で1週間後に無事自宅に帰ってこれた、ということに感動した。あの時に病院に行かなければ、患者さんが希望していた、「4月から社会人になる息子を自宅から送り出す」ということは難しかったと思われる。このような一連の流れの中で、患者自身からあおぞらに対する信頼感がとても強くなっていることを感じ、在宅医療に対しての不安が軽減しているように思えた。そのような信頼関係を築くことができている、訪問診療の医師や訪問看護師の仕事は患者さんからのたくさんの感謝に溢れており、とてもやりがいがあるものだろうと感じた。来月からは私は病院勤務に戻るため、戻ったときには患者さんの背景やQOLに配慮した診療をしていきたいと思った。