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Most Impressive Case Report 2016.06 研修医B

Most Impressive Case Report 2016.06 研修医B

【症例】62歳 女性

【診断】#.膵頭部癌 #.胃癌術後 #.脊椎圧迫骨折後 #.骨粗鬆症 #.卵巣腫瘍術後

【往診までの経過】
2014年2月頃,嘔気・胃部不快感が出現し30年来のかかりつけ医を受診した.A病院を紹介され,精査結果にて膵頭部癌と診断された.B病院を紹介され,リンパ節転移があり血管浸潤もあるため手術適応はないと判断された.C病院肝胆膵外科でも同様の判断であった.Dセンターを受診したが重粒子線治療の適応もなかった.B病院にて化学療法(TS-1+放射線治療,その後ジェムザール+アブラキサン)を実施し,それと並行してE病院にてトモセラピー(強度変調放射線治療)も実施した.病状は進行し2015年12月よりBSC緩和医療の方針となった.セカンドオピニオン目的にF病院を受診し,2016年1月末より1週間入院してHIFU(高密度焦点式超音波治療)を実施した.3月初旬に体動困難のためB病院に入院となり,疼痛コントロールとADL改善のためのリハビリを実施した.3月31日に退院となり,今後は通院困難となることが見込まれたため,4月1日にあおぞら診療所新松戸の訪問診療導入となった.

【生活歴】
<ADL>つかまり立ちがやっと,自力歩行困難.
<排泄>おむつ.毎日排便あり.
<食事>経口摂取可能.

【家族背景】
夫と次男と3人暮らし.長男は海外在住,現在は日本に戻ってきている.

【医療デバイス】
在宅酸素(4/3~),尿道バルーン(4/6~)

【医療資源】
訪問診療,訪問看護,ケアマネージャー,介護保険

【退院時処方】
セレコックス,オキシコンチン,オキノーム,ネキシウムカプセル,ドンペリドン,ラシックス

【往診導入後経過】

4/1に初回往診.
4/2より嘔気症状が強く,デカドロンやセレネースを連日皮下注とした.その後,サンドスタチンやセレネースの皮下注に変更し,頓用としてセレネース舌下投与も開始した.
4/9頃よりせん妄が出現した.
4月下旬頃より浮腫増悪.注射後の浸出液漏出が出現してきた為,5/6よりセレネース内服に変更し徐々に嘔気症状は消失した.
5/12に呼吸苦症状あり.オキノームとオプソでコントロールし呼吸苦症状も軽快した.
5/22に咳き込みと嘔吐あり,誤嚥したと考えられ抗菌薬(ロセフィン)の点滴を施行した.絶食とはせず排痰ケア・吸引で対応し,炎症反応の上昇も認めなかった為,5/23で抗菌薬の点滴を中止とした.その後排痰ケア・吸引も必要なくなったが徐々に悪液質が進行し傾眠傾向となった.
嘔気症状は落ち着いてきており,6/9よりセレネース内服を中止した.
6/17に食事をむせて呼吸苦・チアノーゼが出現した.鼻腔より食残を含む大量の分泌物を吸引した.一旦チアノーゼは改善したが,その後呼吸弱くなり永眠された.

【スケジュール】

2016/4/1初診.
定期往診46回,臨時往診14回,電話36回

【癌末患者の在宅医療で生じる問題点】

1) 御家族の負担
癌末患者さんに限らず在宅医療での大きな問題点として御家族の負担が大きくなることが挙げられる.入院治療では看護師さんが日常のケアを行なったり,栄養士さんがカロリーや食事に必要な栄養素,食事形態などについて考慮したり,薬剤師さんが薬の調剤や管理を行なったりしますが,これらのことを御家族がいろんな方のサポートを受けながらも中心となって行なっていかなければならず,御家族の負担が大きくなる.

今回の症例では,御家族が日常のケアや食事作りを行なっており,十分な協力が得られていた.このように在宅医療では御家族の協力が不可欠である.

2) 患者さんの相対的な安心感の低下
入院中では24時間,近くに医療従事者がおり,有事の際には検査・治療を集中的に行なうことができるが,在宅医療ではできうることに限度がある.そのため患者さんや御家族は医療面で不安になることもある.

今回の症例では,在宅医療導入時に患者さんの嘔気の症状が強く,患者さんも御家族も不安であったと思われる.しかし連日の往診で薬の内容や薬の投与方法の変更を行ない,徐々に嘔気の症状も落ち着き,患者さんや御家族の不安を取り除けていけたように感じた.このように不安を取り除くには,連日の往診や電話対応などにより患者さんや御家族と信頼関係を築き上げることが必要である.

【感想】

今回の研修が始まる以前は,在宅医療は病院に行くことができない患者さんを往診するといった漠然としたイメージしか持っていませんでした.実際に研修が始まってみて感じたのは,患者さんだけではなく御家族との関係が密接であり,信頼関係を築き上げることの大切さでした.本症例でも最後に御家族に感謝され,在宅医療にしてよかったと言って戴けた関係を先生方や看護師の方,医療・介護スタッフの方によって築き上げられたことを経験しました.

これまでの病院での研修では,患者さんとは良好な関係を築けても御家族とは面会する機会も少なく,患者さんの背景について考えることもあまりありませんでした.今回の研修を経て,今後は患者さんの背景や御家族との関係に配慮した診療ができればと思います.