Most Impressive Case Report 2021.02 研修医A
Most Impressive Case Report 2021.02 研修医A
【症例】11歳 女児
【診断】先天性角化不全症、肺動静脈瘻(PAVM)
【現病歴】
2歳頃 鼻出血など易出血性がありA病院受診
3歳 血小板減少、貧血、爪の変形から先天性角化不全症と診断
(4歳時にTINF2ヘテロ変異が同定された)
5歳3か月 同種幹細胞移植(donor:姉、HLA一致)
2019年
11月(10歳1か月) 咳、運動時の呼吸困難が出現
2020年
2月末 発熱、頭痛、嘔吐が出現
3月6日 脳膿瘍の診断でA病院PICUに入院
抗菌薬投与で軽快
入院中に低酸素血症を指摘、
microscopic PAVMの診断
6月8日 在宅酸素を導入し、退院
8月6日 当院の訪問診療導入
【出生歴】在胎39週 2718g 羊水過少、臍帯圧迫で帝王切開
【発達歴】特記事項なし
【既往歴】
2018年9月(8歳時) 足の怪我で、軟骨の異常を指摘
2018年12月(9歳時) 汎発性帯状疱疹
2019年2月(9歳時) IgA血管炎
2019年2月(9歳時) 右手首骨折
【アレルギー】
薬剤:テイコプラニン、食物:なし
【ADL】
PS:1 歩行可能だが呼吸困難あり、屋外では車椅子
【家族背景】
父・母・姉・弟
父方実家は近隣、母方実家は遠方
【医療資源】
病院:A病院 小児科(血液腫瘍、内分泌)、呼吸器外科、整形外科、皮膚科、歯科
訪問看護ステーション:週1回訪問看護+リハビリ
【栄養】経口摂取
【医療デバイス】HOT(常時使用)、SpO2モニター
【薬剤】※退院時
アルファカルシドール、ノベルジン
【訪問診療導入後経過】
初診以降、脳膿瘍の再燃もなく、概ね安定して経過。
酸素需要は、初診時は 安静時0.5L 労作時4L 程度であったが、2021年2月は 安静時1.5L 労作時6L 程度であり、悪化傾向。
2月3日 関係医療機関とのwebカンファレンス開催
【現在の問題点】
#. 原病による肺動静脈瘻(PAVM)の悪化
先天性角化不全症の原因遺伝子として、PAVMや間質性肺炎が急激な経過をたどりうると知られているTINF2遺伝子のR28Hヘテロ変異を認めている。主治医のA病院では、コイル塞栓など治療可能な病変は認めず、肺移植の適応と判断されている。肺の状態は好転することはなく、風邪などの軽微な感染を契機に、階段状に悪くなることが予測され、次は呼吸不全となり致命的な経過となる可能性もあると言われている。肺移植をしない場合の予後は半年程度と予想されている。
一般に、肺移植の成績は周術期死亡率 5-10%、先天性角化不全症の肺移植後の5年生存率は57%、10年生存率は30%。死因は肺合併症 10-15%、悪性腫瘍 10%。生存年齢の中央値は49歳。
#. 脳死/生体肺移植の時期
両親は退院当初の患児の状態の「いい時間」を出来る限り過ごさせたいとの希望で、脳死肺移植を待機、あるいはドナー待機困難な状態となったら両親からの生体肺移植を行う方針としていた。一方で、肺移植の安全性を少しでも高めるためには全身状態が悪化していない今の「いい時間」を削って実施する必要があるという側面がある。両親は生体肺移植を覚悟はしつつも、脳死ドナーが出現する可能性も含めて「待てるならば」可能な限り移植は先送りにしたいと考えている。
脳死ドナーの平均待機期間は2年5か月であるが、コロナ禍で脳死ドナーが減少している。現在待機から半年経過した時点である。
#. 急変時の対応
現状として呼吸不全、急変のリスクがあるなか、移植の方針などが定まりきっておらず、対応を考える必要がある。
#. 家族のサポート体制
生体肺移植となった場合、両親が入院する期間が必要なことに加え術後の身体的負担も大きい。母方実家は遠方かつコロナ禍のため、父方実家は治療中のためサポートを得るのが困難な状況である。また外部のサービスの導入についても同胞は抵抗を示している。
#. 本人へのインフォームドコンセント
肺が悪いことは理解しているが、詳しい説明は聞きたがっていないとのことであったが、2月12日のA病院受診の際にCLS(チャイルドライフスペシャリスト)に「今まで自分の希望がとおったことはないから今度も移植するって言われたら受け入れるしかないでしょ」という気持ちを吐露している。
~考察~
本患者における訪問診療が担う重要な役割としては、次の3点が挙げられる。
① 呼吸不全による呼吸苦などの症状のコントロール
退院後は安定して経過しており、本人からの自覚症状の訴えは強くないが、苦痛を訴えてくるようであれば自宅で利用可能な資源を利用し可能な限りの症状コントロールを行う必要がある。
② 家庭・主治医をつなぐマネジメント
在宅医の役割として家庭と主治医をつなぐメッセンジャーとしての役割がある。生活を支える在宅医として、日常生活の中での酸素需要の増加から状態悪化をキャッチし、関係医療機関とのカンファレンスの開催へとつなげた。
③ 本人・家族の意思決定支援
肺移植については、移植をする/しない、脳死/生体に関わらず、それぞれに本人はもちろん家族にもリスクのある選択肢であり、今後なんらかのイベントが起きうる可能性と家族の周辺環境とを考慮すると最善の選択肢が一つに定まるものではない。
また子どもの権利として、「意見を表明する権利」、「知る権利」があり本人不在の方針決定は、11歳という年齢から考えても望ましくない。思春期小児の意思決定能力について明確な基準は存在しないが、生命予後に関わる大きな決定であり本人との対話が重要である。
正解のない選択が家族の責任として強いられ、かつ時間的にも迫られている状況で、家族としてどうありたいかという考えの上で決定がなされるように、必要な情報提供やサポートを行い、そしてその決定そのものではなく、そのプロセス・考えを尊重し支持していくことが重要な役割となっていく。
【研修の感想】
4週間の中で最も印象に残ったことは、患者さんとそのご家族との距離がとても近いということです。これは在宅医としてそういうポジションにいるのは当然として、積み重ねた信頼関係があるからこそと感じました。また自身で症状を表現したり、あるいは所見の分かりにくい患者さんも多くいるなか、バイタルや顔色の小さな変化を汲み取っていたことも印象的でした。当たり前のことですが、日々の診療を丁寧に行うことの大切さを痛感しました。先生方をはじめとしたクリニックの皆さんに大変お世話になりました。ありがとうございました。
【主な参考文献】
・実践!!小児在宅医療ナビ(前田 浩利 編)
・「思春期小児における意思決定支援」余谷暢之 (https://www.med.kindai.ac.jp/ganpro7/files/20160213_04.pdf)