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Most Impressive Case Report 2023.06 研修医A​

Most Impressive Case Report 2023.06 研修医A

気管切開を躊躇する母親への意思決定支援

Cover letter

病院の主治医は、疾患の治療を主眼に置き、患児に会う時間・場所は病院の短時間に限られているため、患児の人生を俯瞰的に考えることが難しい。ほとんどの時間を患児と過ごし、ケアをしなければならない両親はさまざまな因子から、病院主治医の治療提案を拒否することもある。
小児在宅医療機関であるあおぞら診療所にて、病院主治医の提示した治療を拒否した母親に対して、意思決定支援を行った事例を紹介する。

症例:ミトコンドリア病をもつ2歳11カ月男児

#. ECHS1(ミトコンドリア短鎖エノイルCoAヒドラターゼ)欠乏症
#. Leigh症候群
#. 発作性ジストニア
#. 喉頭、気管軟化
#. 軽度心筋障害
#. 尿細管障害
#. 難聴、弱視
#. 精神運動発達遅滞

【主訴】発作性呼吸困難
【現病歴】生後6か月時に多呼吸、意識障害を発症し、代謝性アシドーシス、高ケトン血症があったことからミトコンドリア病を疑われた。頭部MRIで基底核・視床・黒質の変性と脳萎縮があり、臨床的にLeigh症候群と診断された。また、タンデムマス法、エクソーム解析が行われ、ECHS1 欠乏症と診断された。各種ビタミン投与と食事療法が導入された。初発を契機に母子家庭となり、在宅療養支援目的に1歳1か月で当院訪問診療導入となった。
【出生歴】母体重症妊娠高血圧症候群のため緊急帝王切開術
出生39週5日、体重 2920 g、身長 51.0 cm、胸囲 32.5 cm、頭囲 34.0 cm
【社会生活歴】経鼻胃管、在宅酸素療法、SpO2モニターを使用している
母、高校生の兄、母方祖父母と4人暮らし
【家族歴】父(自閉症、注意欠如多動症)は本児の発症を契機に離婚希望となり別居
そのほか上記同居家族に特記事項なし
【現症】心拍数 90回/分、呼吸数 22回/分、SpO2 100%(鼻カヌラ 酸素 3 L)
呼吸:不機嫌になると喉頭喘鳴と気道狭窄所見が著明となる。
興奮時、喉頭の狭窄虚脱音あり。鎖骨上窩陥没あり。
【現行治療】
ミトコンドリアカクテル療法
バリン除去ミルク
中鎖脂肪酸(MCT)ミルク
緊張緩和薬
胃管栄養
在宅酸素療法

考察

【医学的な気管切開の適応】

そもそもの医療的に解決すべき課題の設定が、病院と家では全く異なります
『医療的ケア児を取り巻く課題と今後の希望』、前田浩利、p259

ブロマゼパム、酸素投与により平時の呼吸管理は出来ているが、
●ジストニアによる突発的な閉塞、誤嚥
→気管切開による気道確保
●喉頭、気道軟化
→早期より気道陽圧管理を恒常的に行うことで、気道の成長を促す、呼吸が楽になる
成長により離脱できる可能性あり

【気管切開のデメリット】
●切開部のケア、気管の保湿、痰の吸引
固定ひもによるかぶれ、肉芽による閉塞、入浴が大変になる、気管の乾燥
●手術の合併症
●受け入れてもらえる場所に制限が出る場合がある

【母の心境】

” いずれ ” が今なのか、もっと先でいいのか親は悩む ( 中略 ) 親として決心するまでは抵抗がある
『家族とともに生きた和正さん』、母のことば、p180

●食べる喜びを残したい
誤嚥リスクが高く、病院で嚥下造影検査はできていない。初期離乳食を摂食している。
●薬でもコントロールがつかなくなったら気管切開をしてもいいと考えている
絶対にしないわけではない
●シングルマザー、さらなるケアの増加 

① 母の気持ちの代弁:傾聴、考えのすくい上げ
「いま決める必要はないのですが、気管切開についてどんな考えでいますか?」
② 病院主治医の代弁:在宅での考えられるシナリオ、リスクの再確認
「気管切開をしない場合、可能性は低いと思いますが、予想しない突然の急変は十分にある状態です」
③ 在宅医としての意見
「呼吸苦を減らすため、気管切開をした場合は呼吸器をつけることが推奨されます」

病院主治医と母の間のギャップを埋め、より深く、また停滞しないように議論を進めることができた。今後、病院主治医、母と会議の席を設け、気管切開を行うことについて議論を継続していく。

Next step

病院主治医と患児の家族の意見に相違がある場合、前者は家庭での生活にイメージがつかず、後者は家庭に導入する医療の詳細が分からなかったり、抵抗があったりすることを感じた。研修中に、病院主治医への不信感から病院を幾つか変更している家庭も経験した。在宅医は医療のプロであり、かつ家庭や関係施設での生活を知っていることから、両者のギャップを埋める「かすがい」のような存在だと考えた。
私は将来病院主治医として、意思決定を急かさないこと、信頼関係を構築して家族が何を思っているか引き出し、イメージを膨らませることが大事であると感じた。また、在宅医が介入できる症例の場合、積極的に連携を行うことが、難しい決断を迫られたときに非常に重要であると考えた。

参考文献

野辺明子、前田浩利=編著。命あるがままに 医療的ケアの必要な子どもと家族の物語。東京、中央法規出版、2020、276p。
Ganetzky R & Stojinski C. “Mitochondrial Short-Chain Enoyl-CoA Hydratase 1 Deficiency” in GeneReviews. 2019. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK542806/
Baertling F et al. A guide to diagnosis and treatment of Leigh syndrome. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2014 Mar;85(3):257-65. doi: 10.1136/jnnp-2012-304426.