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Most Impressive Case Report 2024.07 研修医A

Most Impressive Case Report 2024.07 研修医A

【症例】35歳 男性
【診断】 Duchenne型筋ジストロフィー、心肺停止蘇生後脳症
【現病歴】2歳頃から階段の上り下りに時間を要し、下腿の腫脹、転倒しやすさが目立っていた。精査目的に3歳10か月時にA病院を受診、Duchenne型筋ジストロフィーの診断となった。本人には就学前に告知していた。9歳頃から車椅子生活、23歳頃から嚥下機能低下、28歳頃からバイパップを装着するようになった。体重30kgを下回り、上腸管膜動脈症候群を発症(初発)。胃瘻造設し、退院後より訪問診療を導入。30歳頃よりほぼ終日バイパップとなった。2021年05月16日に上腸管膜動脈症候群の再発で緊急入院。入院翌日の深夜に痰詰まりから心肺停止となり蘇生。しかし、蘇生後より意識障害が遷延し、発語不能となり、心肺停止蘇生脳症と診断。NPPVでは舌根沈下などの解消が困難となったため、2021年06月17日に単純気管切開術を実施。しかし、気管切開部の位置異常と気管切開孔の狭小化のため、2022年04月に気管切開孔再形成術および喉頭気管分離術を追加している。
【出生歴】38週0日、体重2960g、身長51cm、頭囲32cm
【既往歴】 誤嚥性肺炎、胆嚢炎、イレウス
【アレルギー】food: なし、drug:なし、その他:花粉症
【生活歴】病前:ウェブデザインやプログラミングをしていた。趣味はジャズやカフェミュージックなどを聞くこと。
【家庭環境】母、父(絶縁)、母の姉:住居は自宅から10分ほどの距離に住んでいる
【医療資源】
かかりつけ病院:B病院(神経内科:ただし定期外来なし)
訪問診療:Cクリニック →Dクリニック →あおぞら診療所
訪問看護:Eステーション週2日、Fステーション週1日、Gステーション週4日
訪問歯科:Hデンタルクリニック
訪問入浴:I事業所週2日、ヘルパー:J介護
薬局:K薬局、計画相談:L相談支援事業所
【栄養】胃瘻
【医療デバイス】呼吸器、胃瘻
【薬剤】カルベジロール(2.5mg) 4錠分2朝夕食後、エナラプリルマレイン酸塩1%2.5mg 1朝食後、フロセミド細粒4% 30mg 分1昼食後、アルダクトンA細粒10% 20mg 分1昼食後、カルボシステインDS50% 1500mg 分3毎食後、ブロムヘキシン塩酸塩(4mg)3錠分3毎食後、ランソプラゾールOD(15mg)1錠分1朝食後、パントシン散20%600mg3毎食後、ノベルジン(25mg)2錠分2朝夕食後、塩化ナトリウム 4.5g分3毎食後H

【訪問診療導入後経過】

2022/6/2 初回往診
2021/5 /16 上腸間膜動脈症候群で入院→喀痰による窒息→ 心肺停止蘇生後脳症、気管切開+喉頭気管分離+人工呼吸器管理
2022/6/2  1年ぶりの自宅退院、初回往診。EF35%
2022/6/6  排痰不良・低換気傾向あり、人工呼吸器・HOT・ネブライザー・吸引・カフアシストで対応
2022/6/29  EF 20%  2022/6/30 右肺含気低下
2022/7/13  痰詰まりによるSPO2低下は改善、慢性気管支炎の排痰不良は継続
2023/4/22 粘稠痰、ムコフィリンとクラビット内服で改善傾向
2023/6/26 排便排尿栄養摂取後に発汗異常、排便排尿の多呼吸→ブロマゼパム開始し改善
2023/11/4  粘稠痰増加、心拍上昇、SPO2低下があり、一時的に酸素3Lに増量→ AZMとDEX開始、ブロムへキシン増量で対応して改善
2024/1/6  胸郭コンプライアンス低下による換気量低下
2024/5/20  M病院で気管支ファイバー検査施行。左気管支分枝直後より有意な狭窄あり。
2024/6/9 トラマドール、カロナール、レキソタンで疼痛緩和開始
2024/6/12  食事後の酸素化低下でM病院搬送。急性肺炎および呼吸性アシドーシス、血圧低下がありICU入室。肺炎に対して抗生剤加療。喀痰量が多く、酸素化低下あり、頻回に気管支鏡を施行。
2024/6/21  苦痛の表情あり、緩和的な治療を優先すべく 気管支鏡は行わない。BSCの方針となる。
2024/6/23  呼吸苦の緩和でモルヒネPCA開始。努力呼吸が軽減し、徐々に喀痰量も低下し呼吸状態安定。
2024/6/27 在宅人工呼吸器に変更し2024/7/2ICU退室。
2024/7/4 慢性心不全と呼吸不全の終末期の状態であり、モルヒネ導入され、在宅看取りを含めた緩和的加療のため自宅退院
2024/7/6 退院後から体動時や排便時などに頻脈になる
2024/7/8 体動時心拍数上昇を認めるが、家族の希望もあり訪問入浴を実施。モルヒネ、レキソタン、エナラブリルを投与しながら無事終了。
2024/7/9 EF 8%〜16% 
2024/7/11 訪問入浴無事終了。日中より血圧低下。
2024/7/12 9時40分 お看取り  

【Duchenne型筋ジストロフィーについて】

・筋繊維の変性による近位部の筋力低下を特徴とするX連鎖劣性遺伝疾患
・遺伝子検査または変異遺伝子のジストロフィンの分析によって診断される
・3~5歳は転びやすく、走れないことも多く、5歳頃に運動能力のピークをむかえ、以後緩除に症状が進行し10歳頃に歩行不能となる。その後、呼吸不全、心筋症を認めるようになる。発症時期や進行のスピードには個人差がある。
・自然経過による寿命は10歳代後半であったが、集学的治療を行うことによって、生命予後は延長している。
・患者の多くは10歳代に左室収縮能の低下を認め、慢性心不全の経過をたどる。心筋障害の進行を遅らせるため早期の治療開始が推奨されており、定期的な心機能評価が必要とされている。
・換気が不十分となり、有効な咳ができなくなるため、呼吸不全が生じる。その機序は、呼吸筋力低下が原因で咽頭と喉頭の機能低下、胸郭や脊柱の変形。関節拘縮、肥満も関与する。

【本症例を通して】

治療が最優先の病院医療に対し、在宅医療では患者や家族の意思や生活の質が何よりも重視されます。そのため、在宅医療では、残された機能で安心できる生活、納得できる人生を生き切れるよう、急変や入院を減らし「安心できる生活」を支えること、また環境を調整し「納得できる人生」を支えることが重要であると実感しました。その結果、自宅で最期まで生活が継続できれば自宅で最期を迎えることができます。在宅での看取りは、在宅療養支援の結果の1つに過ぎないことを知ることができました。残存機能も徐々に失われ、食事や排泄,清潔などのケア依存度が高まるなか、その都度最適なケアの選択を考え、本人と家族にとって安心できる生活をサポートしなければいけません。そのためには、アドバンスケアプランニング (ACP)や訪問診療・訪問看護・訪問リハビリテーションなどの他職種連携がとても重要になると思いました。本人が判断力のある状態で本人が家族等や支援者と対話を重ねていくと、本人の人生観や価値観を理解する人が生まれ、もし本人の判断力が失われても周囲の人たちが本人の人生観や価値観に基づいて、代理意思決定をすることができます。しかし体調が悪化した時や人生が最終段階に近付いてきた時、気持ちが変化することがあるため、「事前に決めておく」ではなく、対話を続けることが大切ということを学びました。本人と家族は生活を共有する関係にありますが、それぞれが独立した個人であり、本人の意向を尊重しつつ、家族の暮らしも大切にしなければいけません。どちらか片方を犠牲にすることがないようバランスのとれた関わりが必要です。

今回訪問入浴を見学させていただきました。体動時に心拍数が上がってしまう状態で本当に安全に入浴ができるのか、また入浴自体が必要なのかと様々な疑問を抱きましたが、入浴後のご本人の顔を見ると表情が和らいでいました。会話ができていた時に本人は「最期は家で迎えたい。自宅で看取りも含めてみてほしい。」と言っていたので、本人の希望通りに最期の生活を家で過ごせたのではないかと思います。また清潔ケアをすることで人間としての尊厳も維持することができたと思います。このようにご本人とご家族、両方にとって納得のいく最期を迎えることができたのは、本人とご家族と何度も対話しACPを行っていたからこそだと思いました。

【研修の感想】

在宅医療に初めて同行させていただき、病院では学べないことを学ぶことができました。在宅医療では病院よりも本人や家族との距離が近く、日々の対話から信頼関係を築き、病気や障害があることを前提に残された機能でその人が望む生活が可能になるよう生活環境を整えていくことが大切であると思いました。病院より住み慣れた環境で家族がそばにいることで患者さんにとってのストレスが軽減され、自然と笑顔が増えており、在宅医療の素晴らしさを実感することができました。貴重な体験をさせていただきました。先生方、事務さん、ドライバーさん、スタッフの方々、約1か月間ありがとうございました。

【参考文献】