Most Impressive Case Report 2024.10 研修医A
Most Impressive Case Report 2024.10 研修医A
【本症例を選んだ理由】
今回、ご縁に恵まれA病院で研修時に関わりのあった患児の初回訪問診療に立ち会うことができました。病院と自宅で会った患児の違いなど、個人的に印象的だった様子も多かったため本症例を発表させていただきます。
【症例】1歳8か月 女児
【診断】 腸回転異常症、短腸症候群
【現病歴】38週6日、Ap9/10、体重3302g(+1.0SD)、身長50cm(+0.7SD)でB病院にて出生。日齢1に嘔吐・活気不良のためA病院へ搬送され、上部消化管造影検査にて十二指腸下行脚で造影剤の停留を認め緊急手術となった。上腸間膜動脈を基軸に小腸全体の捻転を認め、解除後も血流障害は改善せず、Treitz靭帯形成不良、上行結腸の固定不良を認め腸回転異常症による中腸軸捻転の診断で全小腸および上行結腸摘出、十二指腸・横行結腸吻合術が施行された。その後は短腸症候群として中心静脈栄養(TPN)管理を行うもカテーテル感染を繰り返し抗菌薬加療繰り返していた。カロリー強化に伴い肝酵素上昇あり。1歳7か月初回自宅退院、訪問診療を開始。
【既往歴】 IFALD(腸管不全合併肝障害)、繰り返すCVカテーテル感染
【アレルギー】food: なし、drug:ムコソルバン・ムコダイン、その他:犬
【家庭環境】
父:主介護者、特別支援学校教師、3歳まで育休予定
母:外国人、日本語可
姉:12歳
【医療資源】
かかりつけ医:A病院小児外科
ST:C訪問看護ステーション(週7回)、D訪問看護事業(週1、土)
リハビリ:訪問看護ステーション(未定)
保健師:あり
薬局:訪問薬局あり
【栄養】経口:離乳食前期1日1回40mlまで/ミルク1日7回ニューMA-1(標準15%)10ml+エレンタールP13%30ml、
経静脈:15時-翌10時に中心静脈栄養(TPN):高カロリー輸液TW120(ハイカリックRF+プレアミン-P+塩化ナトリウム+塩化カリウム+エレンミック+マルタミン+アセレンド+ヘパリンナトリウム+リン酸Na+大塚蒸留水+エルカルチン)、10時-15時生食でCVロック、オメガベン+イントラリポス隔週(病院で実施)のスケジュール。
【医療デバイス】CVカテーテル、IVHカフティーポンプ
【薬剤】内服:ビオフェルミン散剤0.5g/日 分3
グリセリン浣腸4ml1日2回
【退院時体格】身長68㎝(-4.7SD)、体重4.9㎏(-5.0SD)
【患児に対する印象の違い】
〈入院時に感じていたこと〉
A病院では、本症例の患児が1歳0か月時および1歳6か月時の計二か月間関わらせていただきました。
疾患の治療を主体としている病院では診療行為が優先されており、病院保育士や理学療法士によるリハビリの最中でも一時中断して採血などの診療行為を優先する場面がありました。そんな場面においても患児は“されるがまま”といった様子のことが多く、侵襲性の伴う行為以外で涙や拒否などの行動を目にすることはほとんどありませんでした。
最初に関わった1歳0か月時と比較して1歳6か月時では小児用歩行器を使用するようになり、病棟内での行動範囲もひろがり個人的に成長を感じていましたが、“されるがまま”の状態も依然多く、彼女に対する印象は総じて“おとなしい子”というものでした。
〈初回訪問時に感じたこと〉
退院翌日の初回診療時に接した患児は多くの場面で手ぶりや声で父親や訪問スタッフに対しはっきりとした意思表示をしていました。特に印象的だったのはSpO2モニターの装着を嫌がる様子でした。涙以外にもモニターを自ら遠ざける、こちらの着けてみない?といったジェスチャーに対し手を振るなどの動作で意思表示を行っており、その様子は“されるがまま”といった状態からは縁遠いものでした。また、父親が自身にSpO2モニターを装着してみせた後にモニターの装着を受け入れてくれた様子や父親に抱っこされた状態で家の外に出てみたり、手を引かれながら歩いたりする姿を目にしたことで、病院で感じていた“おとなしい子”という印象は大きく書き換えられました。
【訪問診療導入後経過】
2024/10/16 A病院退院
2024/10/17 初回往診、訪問介護介入。全身状態安定。
2024/10/18 38.5度の発熱あり、解熱剤で解熱得られたため経過観察
2024/10/19 発熱持続し活気不良も認めたため紹介し入院、カテ感染として治療開始となった。
【本症例における訪問診療の役割について】
・医療的ケア:経口、経管栄養の調整・確認、処方
・本人、家族のケア:児は今回が初回退院であり、家族の一員として新たに生活を構築する一方で、家族にとってもこれまでの生活に医療ケアが新たに加わることになる。環境の変化に伴う精神面や医ケアに関する悩み、また児の成長に伴い就学などの社会面でのサポートが必要となる。
・家庭における医療ケア支援:定期診療による入院加療が必要な状態の予防や在宅での看護やリハビリの許可、指導。
・家庭、主治医との連携:入院加療の必要性を判断し主治医と連携する体制づくり。また、今後の家庭生活で生じる診療に関わる児の日常の情報の主治医への提供。
【考察】
本症例は入院時からCVカテーテル感染を繰り返しており、退院後もCVカテ感染をきたし入院に至った。また、肝酵素上昇を認めIFALDの診断に至っている。カテ感染とIFALDは相関した病態であり、以下IFALDについて述べる。
〈IFALD〉
腸管不全関連肝障害(IFALD)とは短腸症候群をはじめとする腸管不全に対する静脈栄養管理中に発生する胆汁うっ滞性肝障害で、致死的な合併症である。病因は未だ明らかとなっていないが発生する背景因子として、不十分な栄養管理や長期の静脈栄養状態などがあげられる。特にカテーテル由来血流感染(CRBSI)などの感染症は発生の引き金となる。予防・治療手段として腸管リハビリテーション、脂肪製剤の使用、CRBSIなどの予防が挙げられる。
以下、栄養面で介入可能な予防策に関して最近の知見も含め述べる。
・脂肪製剤:イントラリポスはω6系の製剤であり、不飽和脂肪酸と植物コレステロールの含有が高く、抗酸化物質であるアルファトコフェノールの濃度が低いことからIFALDの発生に関与していると考えられている。一方で魚脂由来のω3系脂肪製剤であるオメガベンはIFALDに対し有効とされており、その安全性と効果に関する報告が増えつつあるがそのメカニズムなどは明確になっていない。
・ルテイン:ルテインとはカロテノイドの一種でほうれん草やブロッコリーなどの葉物野菜や卵黄に含まれており、抗酸化作用と抗炎症作用を持つ物質として知られている。現状、ラットレベルではあるがルテインの肝臓に対する保護効果に関する報告が多数されており、肝臓の炎症と酸化ストレスを軽減することでIFALD症例の肝硬変の予防効果が期待される。また、腸内フローラの成長を促進しマイクロバイオームに影響することで腸バリアを強化するという報告もあり、今後のIFALD予防・治療への活用が期待される。
【本症例を通じて】
乳幼児期は外界への急激な環境の変化に対応し、著しい心身の発達とともに生活リズムの形成をはじめる時期に当たります。また、健常児の乳幼児期の成長・発達は家庭を基盤として、両親をはじめとする特定の大人との断続的な関りを通じて促されていきます。一方で、新生児期より医療ケアを必要とする児においては入院中の家族面会や病院保育士・看護師などの医療スタッフとの交流により代替されますが、ケアが必要な他の患児も多いこと、また、勤務交代等の理由による多くのスタッフの介入があるため家庭と比較して一対一の関係性が希薄となります。
自宅退院により、これまで面会時や一時帰宅時など、限定的であった家族との時間が患児にとって日常となることで愛着の形成や基本的な生活習慣の形成、社会性の芽生えなどにつながれば、と感じました。
一方で現状、本症例は繰り返すCVカテーテル感染やIFALDの進行リスクなど、医学的なサポートも必須であり、訪問診療の導入は児の医療ケアと小児期に必要不可欠な成長・発達を両立することができるのだと実感しました。
【研修の感想】
一か月間、様々なお宅に訪問し強く感じたのは、病院はあくまでも非日常の場であるんだな、ということでした。これまで退院はゴールだと感じていましたが患者さんやご家族にとっては日常に戻る一つの区切りであり、そこにいかにスムーズに繋げられるかの視点を持て病院勤務に戻れればと感じています。また、小児医療に関わる福祉などの社会的な面の多様さやご家族との信頼関係の大切さなど本当に多くの事を学ぶことができました。
ご指導いただいた先生方、事務・ドライバーの皆さん、一か月間大変お世話になりました。ありがとうございました
【参考文献】
実践!!小児在宅医療ナビ 前田浩利 編
日本静脈経腸栄養学会 静脈経腸栄養ガイドライン第3版
小児短腸症候群の栄養館管理 米倉竹夫 2018
小児短腸症候群の栄養学的問題点 飯田則利 2014
Izabela Z et al. Pharmacol. Res. 2024 Sep 16:107421.