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Most Impressive Case Report 2025.12 研修医A

Most Impressive Case Report 2025.12 研修医A

【症例】12歳 男児

【診断】高悪性度神経膠腫(二次がん)
    急性リンパ性白血病 2歳発症 中枢神経単独再発後第二寛解
    弱視

【現病歴】2015年5月(2歳4か月)にB前駆細胞型急性リンパ性白血病(中間リスク)と診断(初発時白血球数:55,600/µL、キメラ遺伝子スクリーニング;陰性)。JPLSG ALL-B12(IR)に準じて化学療法を開始し、治療反応は良好で寛解に至る。維持療法中の2017年4月(4歳3か月)、遷延する頭痛と右眼球の外転位を認め、CNS単独再発と診断。JPLSG ALL-R08 S2に準じて再度治療を行った。同年12月(4歳11か月)には全脳18Gy/12Fr、全脊髄15Gy/10Frの放射線治療を行い、維持療法を終了。その後、再発は認めず5年半寛解維持。2025年4月(12歳3か月)より盲学校の寄宿舎での生活を始めた。4月上旬より週1-2回の頭痛が出現、嘔吐は1回のみ。4月下旬から左手の動かしにくさと顔面神経麻痺、左下肢の跛行が出現。5月30日に外来を受診し入院。頭部CT/MRIで、右大脳半球・基底核域から脳幹(右大脳半球)白質の腫脹•T2高信号(ADCmapでは高輝度)を認め、脳梁を介して対側大脳半球に進展する腫瘍を認めた。広範囲に浸潤性に進展する腫瘍であり、いわゆるgliornatosisの所見を呈していた。6月4日に腫瘍生検も行い、高悪性度神経膠腫と診断。放射線照射に起因する二次性脳腫瘍と考えられた。化学療法を検討したが、脳の浮腫性変化がやや強く照射によって更に症状悪化を招く危険性があったこと、MGMTのプロモーター領域の高メチル化を認めたことなどから、テモゾロミド内服による治療を先行して行うこととし、6月28日から5日間内服した。7月3日頃から左跛行が増悪、座位保持困難な状態となった。7月5日からは咀嚼や嚥下がやや困難になり、経口摂取不良のため同日入院(家族の話では7月7日に入院)、PICCカテーテルを挿入、CT上では明らかな腫瘍の進展は認めず意識も保たれているが比較的急速に症状が進行している。7月17日に退院、同日あおぞら診療所初回往診。 

【既往歴】白血病のみ

【アレルギー】なし

【症状緩和コントロール状況】緩和すべき症状なし、疼痛なし

【退院時状況】
意識:
清明、話すことは難しいが手で合図し意思疎通は可能
左下部顔面筋麻痺あり、左上下肢不全麻痺あり
咀嚼嚥下困難で経口摂取不良となりPICCカテーテル管理
ADL:歩行不可、オムツ着用
ご両親には生命予後がよくても数か月であることが伝えられていた

【訪問診療導入後経過】
7/17 あおぞら診療所初回往診
   高カロリー輸液 レベチラセタム点滴開始
   退院後、食事摂取良好となり神経学的にも改善傾向あり
7/31 輸液中止、座位スムーズ、支え歩行可能
8/8~12 PICC抜去、テモゾロミド内服
8/13 小走り短距離可、階段手すり使い1足1段で可
8/20 立位、歩行、階段昇降スムーズ、階段は駆け足
8/24~ 鳥取旅行
9/1 両親とWEB面談実施 照射可否についてA病院と相談する方針に
9/5 A病院受診 照射実施の方針となった
9/5~9 テモゾロミド
9/17 30分公園でサッカー
9/26~10/6 照射実施
10/4~8 テモゾロミド
バスと電車で週1回中学(盲学校)通学再開
11/ テモゾロミド
12/5~9 テモゾロミド

【現在の所見・生活】
神経所見は著明に改善し診断前とほとんど変わりなし
MRIでも浸潤性に広がる病変の縮小を認めている
ADL概ね自立
週2回の通学、オンライン授業
趣味:コナン、サッカー
好きな食べもの:ハンバーグ

【二次性脳腫瘍】
・放射線誘発性髄膜種
発生までの期間は10~30年程度であり最も多く比較的良性だが再発しやすいという特徴がある。
・放射線誘発性膠芽腫
発生までの期間は5~15年程度であり非常に悪性で予後不良。
・脳内肉腫、異常なグリア腫瘍
まれであるが悪性度が高いことが多い。
・その他(骨肉腫、軟部肉腫など)
発生までの期間は10年程度であり照射野に一致して発生することが多い。
〇リスク因子
・若年時の照射
 成長中の脳に照射することで発がんリスクが上昇
・高線量の放射線
 総照射線量が高いほど二次がんのリスクは上昇
・照射範囲が広い
 全脳照射や全脊髄照射など

〇 Radiation-induced glioma(RIG)に関する研究

米国の国立がん研究所における40年間のデーターベースによる解析。
全生存率(OS)の中央値は9.0か月、治療(手術、化学療法、放射線療法)による有意な改善なし。OSは1年で44.5%、2年で15.9%、3年で6.4%である。
(Neurooncol Adv.2022;4:vdac159.)

【在宅医療の意義】  

本症例は、予後数か月と宣告を受け、看取りを視野に自宅へ戻ったが、在宅での療養とテモゾロミドの内服により劇的な回復を認めた例である。
・病院という制限された環境から、住み慣れた自宅、家族との会話、好きな食事といった多種多様な感覚刺激の中へ戻ったことが回復の手助けになった可能性がある。
・当初は看取りを想定した在宅への移行であったが、ADLの劇的な改善に伴い、家族や本人の中でも再び病気に立ち向かう前向きな気持ちの変化があったと考えられる。自宅での回復を近くで見ながら、脳腫瘍の原因となった放射線照射を再度行うか否かという意思決定を家族とともにできた。
・どんな時でも子どもとしての成長の機会を損なわないように多職種で支えることで、余命に縛られず、体調の回復に合わせて、旅行や学校復帰を実現させた。在宅医療は病状の変化に応じて看取りの場から治療を支える場へと役割を変え、本人のQOLを最大化した。

【まとめ】  

本症例はA病院小児科で今年の6月に担当させていただいた症例だった。脳腫瘍生検のための検査入院の時で、すでに麻痺症状強く歩行困難、構音障害もあり日常生活は著しく制限されていた。これから家族と相談し治療を決めていく段階だったが、有効な治療選択肢も乏しく、病状の進行や予後を考えると、厳しい状況であり医療の限界を目の当たりにした。今回、在宅療養経て、走ったり、旅行したり、学校に行っている姿を見ることができて医療者として大きな喜びを感じた。
現在は回復を遂げているが、今後再び病状が悪化する可能性は高い。看取りの覚悟から再治療の検討、そして再び訪れるかもしれない悪化の時に寄り添い最善をともに選択できることが在宅医療の強みであると感じた。
今後もし病状が進行したとしても、この数か月の自宅での生活や旅行の思い出、やりたいことができたという事実は、本人にとっても家族にとっても、家族のグリーフケアという面でも大きな意味をもつと考えた。

【感想】  

在宅医療というものに初めて触れ、病院ではデータや画像に基づき病気を診ていましたが、在宅では患者さんの生活や人生をみていると実感しました。病院で限界とされた先にも、在宅にはQOLを向上させる無数の選択肢があることに驚き、また患者さんの笑顔や家族の安心を近くで支える在宅でのチーム医療の素晴らしさを学びました。
お忙しい中一か月間ご指導いただき本当にありがとうございました。