Most Impressive Case Report 2025.9 研修医A
Most Impressive Case Report 2025.9 研修医A
【症例】7歳 男児
#1.高悪性度神経膠腫 終末期
#2.視床-被殻出血
【現病歴】
生来健康。2024/8 頃から時折、寝起きの頭痛を認めていた。9/9 から頭痛と頻回の嘔吐が出現した。嘔吐が持続し経口摂取困難となったため、A病院を受診し、アセトン血性嘔吐症および脱水と診断され、9/13-15に補液目的に入院した。退院当日の9/15昼、自宅で突然の頭痛と嘔吐後に痙攣発作が出現し、前医に救急搬送された。ジアゼパム直腸内投与、ミダゾラムおよびホスフェニトイン静脈内投与により痙攣は消失した。瞳孔不同(右8.0 /左2.0 mm)を伴い、頭部CT検査で右基底核から視床にかけて脳出血を指摘されたため、B病院へ転院搬送された。同日、緊急開頭血腫除去術が施行された。術中に腫瘍性病変と腫瘍内出血が認められ、生検施行。術翌日に脳浮腫悪化による再度の瞳孔不同が出現したため、外減圧術・内減圧術が実施された。その後は瞳孔不同は出現せず経過した。10/9に気管切開術が施行され、10/10に小児病棟へ転棟した。日本小児がん研究グループ(JCCG)の病理中央診断の結果から高悪性度神経膠腫と診断された。11/9 頭部MRI検査で腫瘍の増大が確認され、11/15に開頭腫瘍摘出術と頭蓋形成術が施行され、肉眼的に全摘出した。術後1日目の造影MRI検査で脳室内に腫瘍の残存が確認された。12/9より局所照射計54Gy(1.8Gy/回×30回)とテモゾロミド(75mg/m²/day 42日間)の併用療法を開始した。しかし、2025/1/9のCT検査で腫瘍増大、脳室拡大、造影MRI検査で髄膜播種を確認。ご家族と脳神経外科医師と協議を繰り返し、PAV療法(ニドラン・オンコビン・プロカルバジン)とアバスチン療法を併用しながら、適時、腫瘍摘出術を施行していく方針となった。1/31に第2回開頭腫瘍摘出術、2/13-3/13にPAV療法①を施行。原発巣縮小を認めたが、右側頭部の嚢胞状腫瘍の増大を認め、PDと判断された。4/2に第3回の腫瘍摘出術を施行、4/10よりPAV療法②が施行された。4/19の脊髄造影MRIでTh3-Th7レベルの転移・再発を認め、4/30より同部位に30Gy照射された。5/29一時退院中に嘔吐と意識障害の進行あり、6/4に緊急入院しVPシャント施行も意識レベル改善乏しく、6/21 ご家族との話し合いの結果、これ以上治療を継続しても回復が望めないということから、自宅での看取りを視野に退院の希望があり、6/28に自宅退院となった。なお、胃瘻造設およびCVポート留置術は2/10に実施されていた。
【既往歴・アレルギー】なし
【生活歴】地域の小学校→B病院院内学級へ転籍、ベッドサイドで授業
【家族構成】父(30代 会社員 在宅ワーク)、母(30代 会社員 在宅ワーク 現在休職中)、 妹(3歳)の4人暮らし
【ADL】寝たきり
【治療歴】開頭術、放射線照射、化学療法(デモゾロミド、PAV療法、アバスチン)、
気管切開、胃瘻造設、CVポート留置
【退院後の経過】
6/30 退院後初回往診。モルヒネをドーズのみで開始
表情乏しく、しっかり開眼するもすぐに寝がち。右手に細かい振戦あり
7/1 発熱
7/2 臨時往診 採血評価で増悪なし
7/3 解熱、アセリオ座薬使用開始
7/7 定期往診 ポート針差し替え
7/10 モルヒネベース開始、グリセオール中止
7/11 夜間に発熱あり
7/12 臨時往診 WBC 22000、CRP 14 血液培養提出
7/13 臨時往診 CTRX開始(1日1回)で速やかに解熱
7/17 血液培養でESBL+E.coli陽性確認されたため抗菌薬をCTRX→AMKに変更(~26日までの予定)、
JAPAN HEARTの支援のもとで公園に行く
7/21 誕生日を迎える。バイタル安定しているが意識レベル低下傾向
7/24 傾眠傾向だがリハが訪問すると目を開けたりと生きる意志が見られる
7/26 傾眠、徐呼吸進行
7/28 夜間に38℃の発熱あり。傾眠傾向が増強、朝以降 開眼なし。呼吸の不規則や筋緊張発作が散見されるようになる
8/18 ポート針差し替え
9/1 ポート針差し替え CTRX中止
9/7 血性痰、黒色の胃内容物について電話相談
9/8 定期往診 気管カニューレ交換
9/11 SpO2 30%台を推移後呼吸停止。往診到着後、死亡確認
【考察 本症例における訪問診療の役割について】
1. 気管切開および人工呼吸器・胃瘻・CVポートの管理
気管切開には、気道の乾燥や唾液の垂れ込み、カニューレの閉塞などの合併症がある。往診では、定期的にカニューレを交換しながら合併症等の有無を確認し、管理をおこなっていた。患児は胃瘻とCVポートを造設しており、胃瘻からは内服薬、CVポートからは高カロリー輸液の投与とモルヒネの持続投与をおこなっていた。胃瘻の場合はチューブ交換、CVポートでは針の差し替えや皮膚トラブルの管理が必要となる。亡くなる数日前、気管カニューレと胃瘻から褐色の血性痰と胃内容物がみられる旨の電話相談があったが、体表に出血斑も出現しており、これは血小板の低下があった可能性がある。
2. 疼痛管理
癌性疼痛に対しては、モルヒネなどのオピオイド薬が基本となる。本患者の場合、モルヒネ投与前は頭痛のみ自覚しており、投与後の疼痛はごくわずかで、便秘が副作用として出現した。傾眠傾向となってからは脈拍の変化や家族の訴え(痛そうかそうでないかなど)、医師による観察(表情など)で疼痛の状態を判断した。日が進むにつれ、脈拍は減少傾向となってきており、表情は穏やかであった。
3. 家族への心理的ケア
子どもの「死」を受け入れることは成人のそれより困難であり、治療・延命の医療から緩和ケアへの移行が難しいとされている(1)。子どもの緩和ケアでは、通常、本人ではなく親など(本症例の場合は両親)が治療方針を決めることになるため、親のケアが本人と同じくらい重要な要素となる(1)。本症例においても、ACPの一環としてWEB会議をおこない、両親の気持ちを丁寧に聞き出している。患者の現状の共有や緊急時の方針を確認しながら、両親が抱える悲しみや迷い、苦悩に寄り添い、その思いや希望を尊重し支援していた。3歳の妹に対しては、「すべてを理解するのは難しいと思うが、両親の様子の変化を感じることがあるため、何か変わった様子があれば共有」してもらうよう両親に伝えていた。また、妹から「なぜ治らないのか?」と問われた時には、「誰のせいでもなく、病気のせいなのだ」と繰り返し話して欲しいと両親に助言した。
4. 看取り
子どもの看取りに寄り添い、家族との信頼関係を築くためには、症状コントロールに努め、安定した状態を保つことが重要となってくる(1)。医療者として、上記1、2などの管理を着実に実践していくことで、状態が安定した日々が一定期間保たれ、家族の安心にもつながっていく。本症例では、主治医から、残りの時間の可能性が退院後1ヶ月以内と伝えられていた。それを上回る約2ヶ月半、患者は自宅で過ごすことができた一方で、少しずつ発熱や嘔吐、SpO2低下の回数は増え、看取りの時間が近づいていることも示唆された。その際、家族の不安に寄り添う必要性もある。
患児本人の気持ちについて、「自宅には妹も居て、お風呂にも入れる。本人は、自宅で過ごす方が気持ちも落ち着くように見える。なるべく家族一緒に過ごしていきたい」という両親の言葉があった。このように、本人が一番安心して快適だと思える環境を整えていくことが何よりも重要である。患児が亡くなった日、関わった先生方・スタッフの方々が駆けつけた際のお話を伺った。呼吸はほぼ停止した状態で、SpO2モニターは測定不能になっていたが、保育園に行っている妹を祖母が迎えに行き帰ってくるまで持ちこたえた。まるで家族が揃うのを患児が待っていたかのように感じられる。先生が患児を抱き上げると一度大きく呼吸し、少し身体も動いた。妹が「からすのパンやさん」の絵本を読んでくれ、患児の最期の時間を家族一緒に温かな気持ちのなかで過ごすことができた。
【本症例を通して】
私は、今後の進路として、癌患者さんの診療に携わり役に立っていきたいと思っており、この研修で終末期の患児とそのご家族がどのように日々過ごされているか、向き合う際に求められる姿勢について学びたいと思っておりました。しかし、実際に患児とそのご両親を目の前にすると、冷静な気持ちを保つのが難しく、元気に成長していくはずだった子どもが突然病気になり、余命を宣告されたご家族の気持ちを想うと胸が締め付けられるような思いでした。冷静さを保ちながら患者さん・ご家族に寄り添い、支えていけるような医療者になりたいと決意させていただく機会となった意義深い症例であったため、選ばせていただきました。
疾患が末期の状態で、ご自宅で過ごすことを選択するというのは、言い換えれば「今後は積極的な治療や延命処置をしない」ということであり、ご家族がその決断をするまでにどれほどの思考の繰り返しや過程を経てきたのだろうと思います。患者さんが子どもの場合、親はなんとしても治療を続けて欲しい、治ることを信じて諦めたくないと思うはずです。しかし、WEB会議の様子をカルテで拝見し、こうした葛藤を経て、患児が自分らしく安心して過ごせる場として自宅を選ばれ、残りの日々も家族一緒に穏やかな時間を過ごそうと決められました。在宅診療はその伴走をしているのだと実感しました。
医師が、患児・ご家族と信頼関係を築きながら寄り添う姿を目の当たりにし、気持ちや価値観を尊重する関わり方を学びました。こうした姿勢が、患者さん・ご家族の安心や心の支えにつながることを実感し、今後の臨床においてもこの学びを活かしながら、信頼される医療者を目指していきたいです。
【研修の感想】
あおぞら診療所で小児の在宅医療の実際を学ぶことができ、毎日が発見・学びの連続でした。ある患者さんがかかりつけの病院で気管切開をしてカニューレをつけて退院され、人工呼吸器の新たな設置や気管カニューレ交換の手技をご家族へレクチャーするという場を見学させていただきました。そこにはご家族以外に訪問看護師、医療機器メーカーの職員もいらっしゃり、あおぞら診療所の医師、看護師が立ち会いました。超重症心身障害児(者)が退院された後の自宅での実際の様子や、また多職種が力を合わせて患者さんの生活を整え支えているのだと痛感した1日でした。医療機関と地域のかかりつけ医、訪問看護等が密に連携できていて素晴らしいなと思ったと同時に、1人でも多くのこうした医療を必要とする患者さんに届いて欲しいと感じます。これまでの初期研修で、指導医とともに患者さんの社会的背景等についてお聞きして知ることがあっても、退院調整等でどのようなことがおこなわれているのか、また何が必要なのかを恥ずかしながら深くは知りませんでした。患者さんの状態や医療資源等に関して情報共有し、病院医師と地域のかかりつけ医・在宅医との役割分担をするなど、退院前に決めておく必要性のある事項について学ぶことができました。自分が主治医になった際に活かしていきたいと思います。
この4週間、様々な患者さんの往診に同行させていただきましたが、子どもたちが幼い頃からこんなにも色々な経験をして日々頑張っている姿や、様々な事情のなか子どものために力を尽くしているご家族の姿に励まされ、“私も頑張ろう”といつも勇気をもらっていました。
多くのことを学ばせていただいた子どもたち、患者さん、ご家族に心から感謝申し上げます。そして、お忙しいなかご指導してくださいました指導医の先生を始めとする診療所の先生方、スタッフの皆様に深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
【参考文献】
1)医療的ケア児・者在宅医療マニュアル
医療法人財団はるたか会 前田浩利、戸谷剛、石渡久子著
株式会社南山堂. 2020年.