Most Impressive Case Report 2026.1 研修医A
Most Impressive Case Report 2026.1 研修医A
【症例】2歳10ヶ月、男児
【Problem List】
#Prader-Willi症候群
#GM2ガングリオシドーシス
#筋緊張低下、気道狭窄・舌骨上方偏位、舌根沈下
#嚥下機能低下、慢性誤嚥、再発性誤嚥性肺炎
#症候性てんかん
#性腺低形成
【現病歴】
周産期異常は認めず、在胎41週1日、出生体重3214gで出生。出生直後より哺乳不良・活気不良を認めNICU入院となり、精査の結果、Prader-Willi症候群と診断された。性腺低形成に対して1歳1か月および1歳7か月時に精巣固定術を施行した。高度な体重増加を認め、1歳6か月より成長ホルモン療法を開始した。1歳頃より誤嚥性肺炎を反復し、2歳3か月より経鼻胃管栄養を開始した。A病院からは、今後胃瘻造設を検討する可能性について説明を受けた。同時期にてんかん発作を認め、抗てんかん薬投与が開始された。高度の筋緊張低下・舌根沈下による上気道閉塞を認め、将来的な気管切開の可能性が示唆された。2歳4か月より在宅での栄養・呼吸管理目的に訪問診療を導入し、2歳8か月時にNPPVを開始した。臨床経過よりPrader-Willi症候群のみでは説明困難な所見が指摘され、B病院にて精査が行われ、2歳10か月時にGM2ガングリオシドーシスの診断となった。
【現症・身体所見】
体重 10.5kg(-0.7SD)、身長 86.0cm (-1.4SD) 、頭囲 50cm (+0.9SD)
SpO2 100%(RA)、RR 15/min
顔色良好・表情の変化は少ない、視線は合いにくい、驚愕反応あり
呼吸:鎖骨上窩で軽度陥没呼吸、吸気性喘鳴あり、両側rhonchiあり、左右差なし、air入り良好
心音:整、心雑音なし
腹部:腹部膨満・軟 腸蠕動音:亢進・減弱なし
末梢冷感なし、筋緊張低下
眼底のチェリーレッドスポットの指摘あり(NICUでは指摘なく、経過の途中で指摘された)
【アレルギー】なし
【家族構成】父・母:在宅事務、同胞なし
【ADL】
大島分類:1
超重症児スコア:経鼻胃管栄養(5)+頻回吸引(8)+体位変換(3)=16点
【訪問診療導入後経過】
#呼吸
2025/11に発熱、呼気・吸気喘鳴、気道分泌物増加を認めた。Flu A/B, COVID19, RSV, hMPVは陰性であった。気道感染症と考えられ、ステロイド+AZM開始した。在宅で加療し治癒した。
#症候性てんかん
経過中、A病院より抗てんかん薬が調整され、1日2-3回の腹部・手・舌のピクつく発作で落ちついて経過していた。現在VPA400mg+LCM80mg+LEV250mg内服している。
【Prader-Willi症候群とGM2ガングリオシドーシスを合併した症例報告】
15番染色体の母性単親性ダイソミー (UPD(15))により、Prader-Willi症候群とGM2ガングリオシドーシスを同時に発症した2例の報告が見つかった。いずれもUPD(15)を背景にPrader-Willi症候群と、HEXA遺伝子領域のアイソダイソミーによる常染色体潜性遺伝のテイ・サックス病を併発していた。Prader-Willi症候群に伴う筋緊張低下や発達遅滞は、GM2ガングリオシドーシスに特徴的な神経退行の早期兆候を覆い隠す可能性があり、臨床経過の解釈や診断を複雑にする。UPD症例において非典型的な経過や進行性症状を認めた場合、追加の遺伝学的疾患の併存を念頭に評価を進める重要性を示唆している。
(Zeesman S, et al. Am J Med Genet A. 2015;167A:180–184.
Regier DS, et al. Am J Med Genet A. 2015;167A:1944–1948.)
【考察:訪問診療におけるACPを基盤とした意思決定支援】
1.診断が追加される過程における家族支援
GM2ガングリオシドーシスの診断が追加されたことで、病気の特性を知り得ることができたり、将来的に治療法が見つかる可能性があり、診断が決定することは重要な意味を持つ。一方で診断が追加された際、ご両親は「病気が分かったからといって、本人は変わらない」と語っていた。その表情や語りからは、現状を受け止めた上で、本人が今後も穏やかに過ごせることを最も大切にしている考えがうかがえた。ご両親にとって最も重要なのは診断名そのものではなく、現在の生活や将来の過ごし方をどのように形作るかということではないかと考えられる。訪問診療では家族が何を大切にしているかという価値観を丁寧に共有し、それを基盤として、今後のケアや医療的介入の意思決定を支えていくことが重要である。
2.進行性疾患におけるACPとケアのゴール設定
GM2ガングリオシドーシスは進行性かつ予後不良な疾患であり、治癒を目的とした医療から、生活の質を重視したケアへと視点を転換することが求められる。本症例では往診時、本人が経口摂取可能であった頃に好んでいた食べ物を話題とし、「好物を味わう時間が大切である」と先生が語る場面が印象的であった。こうした日常のエピソードを通じて、本人の好むこと・好まないことを言語化していくことが、進行性疾患における治療・ケアのゴール設定、本症例なりのACP作成の重要な手がかりになると考える。
3.医療的介入(気管切開等)をめぐるACPと意思決定支援
本症例では、将来的に気管切開や人工呼吸器導入といった医療的介入の可能性が示唆されている。これらの選択は生命予後のみならず、その後の生活の質や家族の関わり方を大きく左右し、単一の正解は存在しない。過去の同疾患・類似疾患の症例においても、人工呼吸器導入を希望した家族もいれば、導入しない選択をした家族もいた。導入せずに看取ったご家族からは、「これで良かったのか」という葛藤を抱きながらも、「よく頑張った」という本人への思いが語られていた。 ACPに基づく意思決定支援では、本人にとっての最善の利益を中心に、家族の価値観や生活背景を丁寧に共有しながら協働意思決定を行うことが重要である。ご家族と主治医との話し合いに加え、訪問診療はその対話を時間をかけて積み重ねる場として重要である。
(船戸正久.脳と発達.2025;57:290–295.)
【本症例を通しての感想】
本症例は今後、気管切開や人工呼吸器導入などの医療的介入を検討せざるを得ない場面が想定される症例である。その際、医療的介入するか否かという選択を家族が迫られる。医療者としてどのように意思決定を支援できるのかを考えたいと思い、本症例を選択した。これまでの研修では、疾患そのものや治療方針に焦点を当てることが多く、患者本人や家族の思いに寄り添いながら医療的介入を考える経験は限られていたように感じている。本症例を通じてACPに関する文献を読み、過去の症例を振り返ることで、医療者としてどのような姿勢で関わるべきかを考察する機会となった。個人的な願いではあるが、患者さんができる限り穏やかに、その子らしく過ごせることを大切にしながら、ご家族とともに選択を考えていくための一つの手がかりとなるような症例発表になればと考えている。
【研修全体の感想】
今後、小児医療に携わる者として、小児在宅診療を行う診療所で研修できたことは、今後の医師人生において大きな出来事の一つであったと感じています。病院で診ている子どもたちが自宅ではどのように生活しているのか、訪問診療がどのような関わりや医療的介入を行っているのか、また在宅でのリハビリがどのように実践されているのかなど、これまで知る機会のなかった多くの場面に立ち会うことができ、非常に貴重な経験となりました。研修期間中は複数の先生方に同行させていただきましたが、いずれの先生方からも患者さんやご家族に対する熱い思いが伝わってきました。在宅診療の医師は、患者本人だけでなく家族の生活や価値観にも長期にわたり寄り添い、他の医療者には代え難い、最も身近な存在として関わり続けているのだと実感しました。今回の研修を通じて、医療とは治療を行うことに留まらず、生活そのものを支える営みであるという視点を学ぶことができ、この経験は今後小児医療に携わる上での重要な基盤になると考えています。
本研修にあたり、ご指導くださった診療所の先生方、温かく迎えてくださったスタッフの皆さまに、心より感謝申し上げます。