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Most Impressive Case Report 2026.2 研修医A

Most Impressive Case Report 2026.2 研修医A

1.本症例を選択した理由

本症例を選択した理由は、終末期に近い病状にありながらも本人が具体的な生活目標を持ち続けて療養していた点が印象的であったこと、ならびに呼吸困難が器質的要因と心理的要因の双方により変動していた点にある。さらに、積極的治療が検討される状況の中で、本人・家族と医療者の病状認識に差異がみられ、症状緩和と意思決定支援の双方が求められる場面を経験できたことから、本症例を通して在宅療養における支援の在り方を考察したいと考えた。

2.症例提示

【症例】
22歳女性(※大学在学中) 横紋筋肉腫 終末期

【Problem List】
#再発・難治横紋筋肉腫(胞巣型、PAX3–FOXO1陽性)
#多発肺転移
#多発骨転移(右第6肋骨、第7胸椎、左恥骨、仙骨)
#右頸部リンパ節転移
#左腋窩リンパ節転移
#がん性胸膜炎
#慢性咳嗽・進行性呼吸困難
#がん性疼痛
#緩和的外来化学療法施行中

【現病歴】
2021年8月(17歳時)、左顔面の腫脹、倦怠感および頭痛を契機に受診し、生検により左鼻腔原発横紋筋肉腫(胞巣型、PAX3–FOXO1陽性)と診断された。JCR-IIプロトコルに準じた化学療法を開始し、VDC、VAC、VI療法を施行後、内視鏡下左副鼻腔腫瘍摘出術および陽子線治療を併用し、2022年8月に初回治療を完遂した。
しかし2023年1月、右乳房局所再発を認め、その後も複数の化学療法、放射線治療、造血幹細胞移植を含む集学的治療が施行された。2024年7月には右鎖骨上窩リンパ節再発を認め切除および局所照射を行ったが、同年10月以降、多発肺転移を契機に全身病変が急速に進行し、多発骨転移、縦隔リンパ節転移、腋窩リンパ節転移を伴う状態となった。
本人および両親と十分に話し合い、根治治療は困難であることを共有したうえで、「外来で可能な緩和的化学療法を継続しながら、動ける時間を確保して生活を大切にする」方針となった。緩和的外来化学療法としては「weekly イリノテカン+ monthly ビンクリスチン」を選択し、2025年2月10日から訪問診療を開始した。

【生活歴】
大学在学中であり、治療継続中も可能な範囲で授業や試験を受けていた。旅行や音楽イベントなど明確な生活目標を持ち、それらを治療選択の指標としていた。

【家族背景】
父(50代)会社員
母(50代)会社員
兄(20代)公務員
両親は非常に献身的に支援しており、本人の意思を尊重しながら在宅療養を支えていた。

【現症・身体所見】
バイタル  
SpO2:98% 自発呼吸  HR:69bpm BP:94/52mmHg 
体重:45kg 身長:160cm

全身状態良好
表情穏やか笑顔多い 会話もスム―ズ
両肺:肺音清 心音:整 異常なし 
腹部:平坦軟 グル音良好 腸蠕動音 亢進・減弱なし 
末梢冷感なし 末梢浮腫あり(弾性包帯をまいている)

【訪問診療介入後経過】
2025年
02/10 訪問診療導入開始
06/09〜エリブリン開始。
06/30 右頸部腫瘤が増大傾向のため、エリブリンは中止しイリノテカン/ビンクリスチンを再開。外来化学療法をやめることもできる旨は話すが、本人は「まだ行きたいところもあるし、大学で授業を受けるとかやりたいこともあるから、できそうなことはあんまり辛くない範囲でやっていきたい。」とのことで、外来での緩和的化学療法の続行を希望。
07/30 FDG-PET/CTでPD:右頸部腫瘤の増大は続き、左腋窩腫瘤と左肺門部腫瘤の増大が新たに出現した。一方で骨病変と原発巣(左鼻腔)、乳房病変はコントロールできている。
08/22〜パゾパニブ内服開始。
12/15 造影CTで肺転移巣の増大。右胸水出現。
12/22〜A病院入院、パゾパニブ内服中止
12/23 CV port留置術(左前胸部)
12/24〜トラベクテジン開始。
12/27~がん性胸膜炎が急性増悪、胸水貯留あり、酸素投与、mPSL50mg/day開始。
12/30 HOT導入後に退院。

2026年
01/01 疼痛増強ありフェントステープ0.25mg開始。
01/22~B病院小児科外来の2nd opinion受診。
01/24~咳嗽が強く、呼吸苦も悪化し、酸素需要が増加。眠前にオプソ1-2包内服。クエチアピン12.5mgを開始。
01/28 ネブライザー+メジコンで咳嗽は滅ったが呼吸苦が進行し、酸素なしでSp02 85%前後に低下するようになった。ロラゼパム0.5mg追加。
01/31 Stray Kidsハイタッチ会
02/02 放射線治療科外来受診。(左腋窩 、左肺門部病変への局所放射線照射について相談)
02/04 両肺門部LN照射開始(10回の予定)  
    帰宅後呼吸苦咳嗽強く、モルヒネPCAスイッチ
02/09 ビノレルビン エンドキサン内服開始
02/19 両肺門部LN照射終了
02/26 モルヒネ内服スイッチの予定
02/28-03/01 温泉旅行1泊

3.考察:本症例における訪問診療の意義

・呼吸困難に対するオピオイド導入
本症例における呼吸困難は、肺門部リンパ節病変の増大やがん性胸膜炎といった器質的要因に加え、不安などの心理的要因によって増悪する側面があった。このような呼吸困難に対しては、在宅酸素療法やオピオイドによる疼痛管理に加え、不安や不眠への対応としてクエチアピンおよびロラゼパムが使用されており、心理的要因を含め包括的にアプローチしていた。
オピオイドは呼吸困難緩和の中核的治療であるが、定時オピオイド導入については本人の抵抗感が強く、実際訪問した際、母のモルヒネについての問いかけに対して「もうわかんない!」と感情的になる場面もあり、導入そのものが大きな意思決定課題となっていた。これは、オピオイドが「症状緩和の手段」ではなく、「終末期の象徴」として受け止められていた可能性を示唆している。「終末期だから使う薬」ではなく、「息苦しさを和らげ、やりたい生活を続けるための治療」と再定義することで、本人の受け止め方が変化する可能性がある。

・治療方針について
患者・家族と医療者の間には病状認識に一定の差異が存在していたと考えられる。本人・家族は「まだ治療の可能性があるのではないか」という希望を持ち続けていた一方で、医療者側は病勢進行から緩和ケアを重視すべき段階であると認識していた。このような認識の差は終末期医療においてしばしば経験されるものであり、本症例においても重要な課題であった。在宅医療の場では、日常生活の中で症状の変化を継続的に評価しながら、治療の目的や選択肢について繰り返し対話を重ねることが可能である。本症例においても、訪問診療で呼吸苦の経過を共有しつつ、治療の意義や限界を整理していく過程が、症状緩和および意思決定支援の双方において重要であったと考えられた。積極的治療を直ちに否定するのではなく、その意味を尊重しながら、生活の質を重視したゴールへと移行していく関わりが求められていたと推察される。

4.本症例を通して

本症例を通じて、終末期における呼吸困難は単なる身体症状ではなく、病態のみならず心理状態や希望が複雑に交差する課題であることを学んだ。本人が最後まで「次の予定」を持ち続けていたことや、家族が献身的に支え続けていた姿から、在宅医療は治療の延長ではなく、患者と家族が大切にする生活そのものを守る役割があると学んだ。また、治療を続けたいという希望を否定せず、その中で苦痛を最小限にしながら生活を支える姿勢こそが、終末期医療において極めて重要であると感じた。

5.研修の感想  

小児在宅診療の研修を通して、医療が病院の中だけで完結するものではなく、日常の中で続いていることを強く実感した。特に印象的だったのは、小児在宅では終末期に寄り添う医療だけでなく、成長発達により訪問診療を卒業していく子どもたちもいるという点である。命の終わりに寄り添うことと、成長を共に喜ぶこと。その両方に立ち会える点こそが小児在宅のやりがいなのだと思う。貴重な学びを与えてくださったご家族、そしてご指導くださった先生方、サポートしてくださったPAさん始めとするスタッフの皆様に心から感謝申し上げたい。

6.参考文献  

「進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン(2023年版) 」