Most Impressive Case Report 2026.2 研修医B
Most Impressive Case Report 2026.2 研修医B
【本症例を選択した理由】
訪問診療は大学病院で行われている診療とは異なり、ファミリー全体を支えるという魅力をこの症例で感じました。私自身は今までの診療では患者さん本人だけに焦点を当てていましたが、患者さんの家族も訪問診療においてケアの対象となることを本症例で実感しました。また、本症例をきっかけに、障害児を持つ家庭にとっての「幸せ」について考えることができました。
【症例】1歳5ヶ月 男児
【診断】
低酸素性虚血性脳症
嚥下障害
咽頭軟化症
両股関節脱臼
【現病歴】
2024/8/8、38w1dで帝王切開にて出生し、子宮裂傷と胎盤脱出による重度仮死であった。蘇生・低体温療法を行うも、日齢15のMRIで視床・基底核壊死、脳幹障害(total asphyxia)の所見であった。
喉頭軟化症・舌根沈下・嚥下障害を認め、日齢172に胃瘻・Nissen術施行した。その後、呼吸不全に対しVIVO装着やHFNC管理を継続し、日齢322よりSTモードへ移行した。2025/8/1に訪問診療を導入して一度退院したが、2025/9/15、旅行中にSpO2低下と心停止を来し、12分間のCPRで蘇生。COVID-19陽性および急性脳症疑いでA病院へ転院し、脳低温療法、ステロイドパルス療法等を実施し、意識回復後9/24にB病院へ転院した。肺炎を併発し、著明な舌根沈下と呼吸不安定のため10/22に気管切開施行した。11/7にB病院へ再入院し、VIVO45LS(PC-SIMV)による24時間管理を開始し、12/16に自宅退院となった。
なお、母は本児出産後に希死念慮があり、2024/12月に産後うつと診断され、投薬治療を開始して現在は寛解が維持されている状態。
【既往・周産期歴】
38週1日 帝王切開にて出生 出生時に子宮裂傷、胎盤が先に娩出され低酸素状態となる
【退院時状況】
呼吸状態安定しており、PC-SIMVモードで安定している。
【訪問診療導入後経過】
退院後に定期往診を開始し、定期接種とカニューレ交換を実施した。
バイタルサイン安定して推移している。また在宅リハビリと訪問看護も導入した。
【現在の所見・生活】
児の全身状態は安定している。母は公園にテント持参でおでかけしていたとのこと。小学校1年生の兄は弟の障害について本人なりに理解していそう。母から「自分にできること、家族にできることを模索している」、「ひととは違うかもしれないが、自分たちの幸せの形をみつけていきたい」との発言。今後はバギーを申請する予定で、レインボーブリッジの下を歩いてみたいとのこと。
【産後うつ】
障害児の出産は産後うつ発症の極めて強力なリスク因子である。
産後うつ病は、出産後数週間から数カ月以内に発症する精神疾患であり、持続的な抑うつ気分、興味の喪失、不眠、強い不安、育児に対する自信喪失や自責感などを主症状とする。全産婦の10%から15%程度の割合で発症すると報告されており、一過性の情緒不安定であるマタニティブルーとは明確に区別される。発症リスクには、過去の精神疾患既往歴、妊娠中の不安、パートナーからのサポート不足、経済的問題、睡眠不足といった環境要因に加え、出産に伴う急激なホルモンバランスの変化が複雑に関与している。
日本における子どもの障害の発生率は、身体障害・知的障害・精神障害を合わせて18歳未満の人口の約1.1%から数%程度と推計されているが、近年は医療技術のや医療的ケア児の割合は増加傾向にある。
母親への影響については進歩に伴う超低出生体重児の生存率向上や発達障害の認知拡大により、知的障害児、先天異常のある児を出産した母親はそうでない母親と比較して産後うつの発症リスクが有意に高く、そのリスクは産後6カ月以上持続しやすいという調査結果が出ており、海外のデータでは障害のある児を持つ母親の約30%が産後に強い抑うつを経験するという報告もある。リスク要因としては、児の健康状態への不安に加え、リハビリや通院に伴う身体的・経済的負担、社会的な孤立、そして将来への不安感が強く関与しており、一般的な産後うつ以上に長期的な心理的・社会的サポートが必要とされている。
【障害児を持つ家庭について】
診察中に母親が「自分たちの幸せの形」を語っており、幸福とはあらかじめ決まった型にあるのではなく、直面する現実の中で自ら定義していくものと、価値観の変化を示した。一般的に「障害=不幸」と捉えられがちだが、テントを携えて公園へ行き、レインボーブリッジの下を歩きたいと願う家族の姿から別の形の幸せと未來への期待が伺えた。幸せとは運命に与えられたものではなく、置かれた環境において家族が自ら追求しながら定義するものであろうと、この症例を通じて実感した。
【本症例を通じて感じた在宅医療の意義】
在宅医療の意義は、病院での集中的な管理から離脱させ、児と家族が「家」で過ごす当たり前の時間を再構築することにあります。日々の細やかな体調管理と並行し、孤立しがちな母親の心に寄り添う多職種による重層的な支援体制を構築し、生活の質を支え続けることは、産後うつの重症化を防ぎ、家族全体の崩壊を食い止める極めて重要な介入となる。生活の場に深く入り込むことで、診察室では表出されにくい母親の疲弊や希死念慮の予兆を早期に察知し、適切な休養の確保や専門的な精神科治療への確実な中継点として機能することが可能となる。障害児育児という長期にわたる過酷な環境下において、医療者が家庭の日常に介在し、育児負担の軽減と心理的安全性を担保し続けることは、児の生命維持と同様に、母親が「親」としての自己を保ち続けるための不可欠な基盤である。
【研修全体の感想】
私は将来麻酔科へ進み、ペインクリニックを専門として、疼痛管理や緩和ケアを必要とする在宅医療に携わりたいと考えています。この一ヶ月間、大学病院とは異なる訪問診療の現場に触れ、在宅医療の全体像を捉えられたことは、将来従事する上での大きな手がかりとなりました。また、先生方からは診察の作法や手技、ご家族とのコミュニケーションの在り方についてご指導いただき、大変実りのある時間を過ごすことができました。
診療にあたって多大なるサポートをいただいたPAの皆様にも、心より感謝申し上げます。
1ヶ月間、どうもお世話になりました。
参考文献:
Mental ill-health in mothers of people with intellectual disabilities compared with mothers of typically developing people: a systematic review and meta-analysis
E. Rydzewska, K. Dunn, S.-A. Cooper, D. Kinnear
Meta-Analysis of Comparative Studies of Depression in Mothers of Children With and Without Developmental Disabilities
June 2006American Journal on Mental Retardation 111(3):155-69